はがき通信ホームページへもどる No.137 2012.10.25.
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も く じ
ballごあいさつ 編集担当:藤田 忠
ball私の低血糖体験 愛知県:M.
ball通訳……? 愛知県:Y.S.
ballどたばた、パパ!(その5)『初めてのごはん。』 パパさん
ball全員参加企画『いいモノ見つけた!』〜8〜 M.I.
ball膀胱結石が止まらない 瀬出井 弘美
 <連載特集!「介護する側、される側」>
☆ ヘルパーはなんだ? ヘルパー・E
☆ ヘルパーは最上級のサービス業 ヘルパー・F
ballお迎え=武ル歌一首 佐賀県:K.N.
ball車いすのメンテナンスはいかがですか 神奈川県:Y.I.
ball『臥龍窟日乗』 ―アグレッシブ・リハ― 千葉県:臥龍
 <「はがき通信」collection(5)>
☆ 仕事だけが社会参加じゃない 高知県:S.
ball福祉ホームでの自立生活について 神奈川県:F.H.
ballひとくちインフォメーション


ごあいさつ

 ある四肢マヒの頸損者が施設から出て町で7〜8年前に自立生活をはじめたのですが、なぜか1年前から65歳以下で膝・股関節とも異常はなく特定疾病でもないのに、介護保険の特定疾病「両側の膝関節又は股関節に著しい変形を伴う変形性関節症」ということになってしまっていて、本人の知らないうちに介護保険のサービスで生活されていました。
 他市へ転居したことからそのことが分かり、障害者自立支援法のサービスに変更を希望したのですが、市からは要介護認定を受けているので変更は難しいといわれ交渉中だそうです。信じられないような話ですが、事実のようです。
 本人も介助制度の仕組みをよく分かっていなかったようで、信頼して任せきりにしていた介護派遣事業所が勝手に手続きしたのか、小さな町で強引に介護保険にしてしまったのか、真相は分かりませんが、本人の意に反する手続きはゆるされないことです。介護保険の申請途中でおかしいと気づき、本人が「65歳になっていなくて、特定疾病でもないのにおかしい」と反論できていたり、サービス内容が変わったときに疑問点を追求できていれば、また違ったことになっていたかもしれません。
 こういうことが2度とおきないように福祉サービスの仕組みをある程度理解して、障害者が主体的に自己決定しないと、つけ入られるスキが大きくなると思いました。

編集担当:藤田 忠


【特集「はがき通信」懇親会 in 福岡2012 原稿募集!】


 懇親会に参加された皆さん、懇親会でのことはもとより、福岡までの道中でのこと、自由行動での福岡観光のこと(今後福岡に出かける方の参考にアクセスやバリアフリーのことも)、準備段階で気をつけたこと・特に調べたこと、参加するにあたっての懸念事項をクリアしたこと、準備計画通りにいったこと・いかなかったこと、ハプニング等々、何でもかまいませんので、情報交換のためにぜひドシドシご投稿ください。
 写真もたくさんお待ちしております。どうぞよろしくお願いいたします。


 締め切り:11月30日まで!




 私の低血糖体験 


 頸髄損傷になるとたいていの人は低血糖の症状が出るみたいですが、私もその一人でよく症状が出ます。受傷から14年が経ちましたが、その間に3〜4回くらい命にかかわるほどの重度な低血糖を経験しました(自己診断)。
 低血糖に関する記事は何度か出てるかもしれないけど、私なりに感じた低血糖になりやすい状況、低血糖になったときの対処、体験談を一つ書いてみます。
 ○低血糖になりやすい状況
 ・空腹(ベースとなっている原因)
 ・コーヒー
 ・寝不足
 ・たばこ
 ・夏の暑さ、こもり熱
 ・緊張状態の持続
 緊張状態の持続というのは例えば、何か大切な用事があって必ず時間に間に合わなければいけないのに渋滞に巻き込まれて「どうしよう、どうしよう」みたいな状況です。
 この6つが私の経験からは、低血糖を誘発している原因と言えます。これらは、条件が重なるほど低血糖になる確率は高くなります。なので、逆に言えばこの6つの状況を作らなければ低血糖の予防になると言えます。
 ○低血糖になったときの対処
 すぐに甘い飲み物や食べ物を食べる。対処法はこれだけだと思います。黒砂糖系のお菓子やチョコレート、フルーツジュース、コーラなど。病院に入院中などのときは、ブドウ糖の点滴をしてもらえばほんの数秒で回復します(経験あり)。
 ○体験談
 初めて重度の低血糖を経験したときの話です。
 その日は、車椅子の修理で車椅子ショップにきていました。修理も終えてお店の人と雑談していると低血糖の症状が出てきました。ちょっと苦しいな、と思いつつも我慢していて数分の雑談の後、車に乗り込み帰路につきました。家まで約20分の道のりです。運転しだすと次第に症状が悪化してきました。あー苦しい、だけど家までもう少しだ、とか思いながら運転していたんですが、途中で我慢の限界がきて路肩に駐車してすぐにシートを倒し、携帯で家に電話をして助けを求めました。田舎道であまり人が通らない所なので、周りに助けを求めることもできませんでした。
 そのときには、すでにかなり深刻な事態になっていて程なくほとんど動けないくらいの状態になりました。体があつ苦しくて、上半身裸になり前後の窓を全開にしました。2月のゴーゴーと風が吹くダウンジャケットを着ていても震えるくらいの日なのに、あつ苦しくて息苦しい感じがしました。
 酷い低血糖は体の感覚もおかしくなるんだな、とかボーッとしながら思いました。あとどれくらいまともでいられるだろう、とか考えていると母が到着し、いろいろ持ってきてくれました。500mlのジュースを2本一気飲みして、それからチョコなどを食べました。そのまま10分ほど安静にしていると症状も消えて普通に動けるようになりました。(終)
 頸髄損傷になって最初はあまり気にしていなかった低血糖ですが、何度も経験しているうちにかなりアブナイ症状だということに気がつきました。今では外出するときは必ず十分な量のジュースやチョコなどの食べ物、それと携帯電話を持って行きます。
 

愛知県:M.



 通訳……? 


 洋服を買いに行ったが、目当ての商品が店頭に並んでいなかった。人気の商品だからもう売り切れたのだろうか。なかなか見つからない。狭い通路だから車椅子で入れず、店の奥は一緒に買い物に行った友達にも探してもらう。こんなときは、「歩けると便利だな」と思いながら友達が探してくれるのをじっと待つ。
 「やっぱりないみたいだよ」店の隅々まで探してくれた友達が戻ってきた。せっかく自動車に乗って遠くまで買いに来たのに残念。諦めるしかないようだ。店員に次の入荷はいつか聞いてから帰ることにし、車椅子を漕いで店員のところへ。店員は、カウンターの中で忙しそうに伝票の整理をしていた。私が声をかけると手を止めて出てきた。
 私は、目当ての商品の次の入荷日と予約はできないかを聞いた。店員は在庫がなくなっていることを詫び、次の入荷日が未定であることを丁寧に教えてくれた。それから、「少しお待ちください」と言って取り寄せが可能かを調べてくれた。すごく丁寧な対応だ。笑顔もさわやか。全国の店員を対象にした接客コンクールがあったら、きっと上位に入賞できるだろう。すばらしい。
 店員が取り寄せ可能かを調べて戻ってきた。ところが、何か少し変だ。店員は、すべて私の友達に向かって説明している。少し変だなとは思っていたけれど、やっぱり変だ。質問をしているのはすべて私で、友達は後ろにいるだけ。一言も言葉を発していないのに……。
 「あのう、買うのは私なんで、私に説明してもらえないですか」
 「あっ、申し訳ありません」
 どうやら、買うのは友達のほうだと勘違いしたらしい。店員は「申し訳ございません」と詫びて私を見て話し出す。ところが、またしばらくすると友達に向かって説明を始めている。
 私の言葉が聞き取りづらいからなのか。たしかに声は曇っていて通っていない。聞きづらいのかもしれない。けれど、最初は通じていたのだから理解してくれているはず。友達は通訳ではないのだ。どうして私に話さないのだろうか。
 「私に説明してもらえないですか」
 もう一度、言ってみた。
 「あっ、申し訳ございません」
 店員はまた私を見て話し出す。けれども、またしばらくすると友達に向かって話し始めるのだった。
 これと同じようなことは一度や二度のことではない。これまでに何度もあった。初めて行く店だと頻繁にあることだ。どうやら、私が見えていないわけでも、言葉が聞き取れないわけでもないらしい。障がいを持っている客と対応したことがない店員は、私が説明を理解できないと思ってしまうのかもしれない。それか、どのように接客していいのか迷っているのかもしれない。
 もちろん、世の中にはさまざまな障がいがあって、商品の説明をうまく理解できない方もいるのかもしれない。その場合は、付き添いの方が話を聞くことになるのかもしれない。でも、私はちゃんと話を理解できる。だから私に話してほしかった。
 これは、良い悪いの問題ではないと思う。障がいを持っている人がまだあまり外出する機会がないために、店員もどう対応していいか分からなかったのだろう。残念だけれど、この店員、接客コンクールで上位入賞はまだ無理かもしれない。
 よし、これからもどんどん街へ出るぞ。買い物をするときは、店員の顔に穴があくくらいじっと見つめて質問攻めにする。店員のみなさん、私が嫌いなわけではないなら、ちゃんと私に説明してほしい。もちろん、私がかっこよすぎて目を合わすのが恥ずかしい、というなら目をそらしてもかまわない。それは仕方ないことだから。

愛知県:Y.S.



 どたばた、パパ!(その5)『初めてのごはん。』 


 桃太郎が生まれて5ヶ月経ちました。身長65.8cm(+13.8cm)体重7,650g(+3,750g)順調に育ち親としては何よりの嬉しさです。この頃になると、単純に手で触ったものを引き寄せるのではなく、目の前に持ってきてじっくりと観察していることが多くなりました。人の顔や動作をじぃーっと眺めていて、とても研究熱心で教授にでもなりそうな感じでした。親ばか(笑)。また、手で触った感触を確かめて楽しんでいるみたいで、襖(ふすま)・父母のズボンや服・寝具・浴槽などなでている動作が増えました。握力も以前より強く、物をつかむことが上手になって、ハンカチを持って遊んでいたり、ガラガラなどもしばらく握っていられるようになりました。おしゃべりも、「アッ」・「マァー」など少し言葉っぽい発語が時々出るようになりました。お歌が一番大好きで、歌うと全身で喜びを表現しました。その中でもお気に入りは『汽車ぽっぽ』と『揺りかごの歌』で、日に何度も何度も歌わされました。桃太郎の喜んでいる顔を見ては嬉しい気持ちに満たされました。この後、歌を聴かせることが日課となり、私の自慢できる育児になりました。
 生まれて6ヶ月近くになるとついに離乳食が始まります。生まれて初めて食べ物を口にする。どんな顔をするのだろう? 無事に食べてくれるのだろうか? 不安と楽しみいっぱいの中、いよいよスタートです。記念のメニューは、お粥(かゆ)さん(お粥さんといっても重湯(おもゆ)に少しトロミがついたようなかんじ)です。妻が小さな、小さな赤ちゃん用のスプーンで一さじすくいました。初日は、この一さじが目標です。唇を刺激し、スプーンを差し入れてやっと口の中に入れました。ところが、ミルクと一緒に吐いてしまいました。桃太郎は、目を丸くしビックリしているようでした。何が起きたのか分からないらしく、強張った顔をしていました。無理もありません、今まで経験したことのないことが起こったのです。とても怖くて、苦しい思いをさせたと思いました。「ごめんね、と深く、深く反省」。ミルクを飲ませる前に食べさせなければだめだったみたいです。父親としても初めての経験なのでアタフタしてしまい、何もできず申し訳ない気持ちでした。初日は桃太郎に辛い思いをさせてしまい、2人でガッカリしてしまいました。「次回からは、上手にするから許してね」と謝りました。
 2日目、土鍋でコトコトと炊いたお粥をスプーンであげてみました。「べぇー」と出されたので、もう一度口に入れてみました。今度は、スプーン半分ぐらい「ごくーん」と飲んでくれました。昨日とは違って、桃太郎は一瞬戸惑っている顔をしましたが、ちゃんと食べ物と理解して飲み込んだように見えました。「やったー!」と、妻と2人で大喜びしました。「桃太郎、良かったね。初めてミルク以外の物を飲んだ第一歩となったね。おめでとう!」。3日目、自分から大きな口を開けて嬉しそうに3口食べました。すると、桃太郎ときたら「フンフン!」と怒り超不満顔。「もっと! もっと!」と手をバタバタさせていました。でも、始まったばかりなのでこれで終わりです。お父さんは、もう少しあげたい気持ちを抑えて終了しました。4日目、一段と増して「もっと! もっと!」と大きな口を開けて9口食べました。昨日と同様、桃太郎は足りないらしく「フンフン!」と怒り爆発。そんな桃太郎を見ていると、私もご飯を食べさせたいなぁと思いました。そうなれば、毎日が楽しいし自慢できる育児が増えるし、何より桃太郎の嬉しそうな顔が見られるからです。早くそんな日が早く来るといいなぁ〜、と心から思いました。1週間後は、潰した野菜(ほうれん草)を食べ始め順調、いやそれ以上にすごい食欲で食べていきました。「こんなに食べさせていいのだろうか?」と心配になるほどでした。
 時には失敗もありました。食べさせるタイミングを逃してしまい、桃太郎のお腹が空きすぎて怒って泣いて食べられなくなってしまうことがありました。そういう時は、ミルクを多めに足したりして対処しました。妻は、メニューを考えたり食事の時間を調整したりと、大変さがいっそう加わったように見えました。でも、悩んではいましたが楽しそうにしていて、「苦にはならない」と言っていたので少し安心しました。
 私たちの環境は、相変わらずヘルパーさんが来る中で、子育てや家事など自分のペースではできていませんでした。打開策も見つからず、時には言い合いをしてしまったり、とお互いストレスを抱え疲れてもいました。ほっと和ませるのは、桃太郎の成長と満面の笑顔でした。唯一の作戦というか方法は、リフレッシュさせるため実家に帰省させることだけでした。しかし、それはそれで妻としては、実家にいる間私が「1人で大丈夫なのだろうか?」「自分だけリフレッシュしていいのだろうか?」「ヘルパーさんにちゃんとケアしていただいているのだろうか?」などと考えてしまい、思うような休養はできていなかったようです。私としては、いろいろと考えるのですが……。介護と日常生活の両立がこんなに難しいものとは思ってもいませんでした。この先私の、切っても切れない重い、重い課題になっていくのでした。
 

パパさん

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