はがき通信ホームページへもどる No.115 2009.2.15.
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 新・今昔物語集 第七話『ブーズーキとギリシャ音楽』(後編) 


 宿泊したユースホステルは、北ヨーロッパの若者の団体で朝まで騒々しかった。表に出てみると、ここは市街地のど真ん中だった。
 それにしても暑い。夕べはあんなに涼しかったのに、日向を300㍍も歩くと喉がカラカラになる。うまい具合に路傍には、2〜300㍍おきに大きな木が植えられていて、木陰に入ると信じられないくらいに涼しい。たぶん気温が高いというよりも太陽の輻射熱そのものが強いのだろう。
 日本でも昔よく見かけたアイスキャンデー売りのおじさんが待機していて、「リモナード」と声を掛けてくる。うん? どこぞで聞いた言葉だな。リモナード→レモネード→レモネ→ラムネ。なあんだ、ラムネのことか。街路樹を渡り歩くたびに飲むリモナードは日に10数本に及んだ。
 生鮮市場をのぞいたり土産物屋を冷やかしているうち、あることに気づいた。英語がほとんど理解されていないのである。そのくせ意思の伝達はほぼできている。ならば日本語で話しても同じじゃないか。以来日常会話は日本語で通すことにした。たとえば野菜市場でトマトを手にとって「おばちゃん、これ何ぼ」と聞くと、農婦のような善良な笑顔を満面にたたえ、指でしめしてくれるのだ。
 どうやら私はギリシャ民族について誤った先入観を持っていたようだ。ミロのヴィーナスのような、額から鼻先に掛けて一直線に伸びる鼻梁(びりょう)をグリーシァンノーズと呼ぶが、ギリシャ人は皆そういうノーブルな鼻をしているとばかり思い込んでいたのだ。まぁ、それらしき美少女もいないではないが、ごく一般的には色浅黒く胴長でずんぐりむっくりという人が多い。そう、日本人に似ているのだ。その上押しなべて人が良い。
 余談になるが、英語にソフィスティケイティッドという言葉がある。洗練されたという意味と、すれっからしという相反する意味がある。語源は古代ギリシャの哲学者sophistである。ソフィストにはソクラテス、プラトン、アリストテレスのような本格派もいれば、議論のための議論にあけくれるエセ哲学者も多く、こういう輩は詭弁(きべん)を弄して人を欺(あざむ)くことばかり考えている。ここから、すれっからしという意味が生まれたものと思われる。
 私の頭の中では、すれっからしとギリシャ人とはどうしても結びつかない。善良で純朴な人々との印象しかない。
 ユースホステルの近くに「タベルナ」という看板があった。食堂のことだが、朝晩の食事は大体ここで摂った。親父は50がらみのハゲデブで、コルシカ島のマフィアみたいなちょっと怖い顔をしていた。常連はニコラスと呼んでいたが、少々英語を理解する。聞けば若いころ船乗りをやっていて、日本にも行ったことがあるというのだ。時々、オンナ言葉が挟まるので、「ガールフレンドでもいたんだろう」とからかうと相好を崩して笑った。普段の凄みの利いた顔と、笑ったときの無邪気な顔がまるで別人という男だった。
 ある晩、スブラキア(日本の焼き鳥風羊肉の串焼き)を食っていると、耳慣れない音楽が聞こえてきた。マンドリンのような繊細な弦の音が、哀調を帯びた旋律を奏でる。古賀メロディーを地中海風にアレンジしなおした、といえばよいだろうか。時に華やかに、また胸をかきむしるかのように、心に切なく沁み込む音楽である。
 レコードが終わると私はニコラスのところへ歩いてゆき、「今の音楽はギリシャの民謡かい」とたずねた。「どうだい、いいだろ」とニコラスは顔の半分で笑った。レコードのタイトルをメモ用紙に書いてもらうと、彼の大きな手のひらにコインをねじ込んで店を出た。
 レコード店の女性店員はマシな英語を操った。マンドリンのような弦楽器はブーズーキ(bouzouki)といって、トルコから伝来したものらしい。形はそっくりだ。ギリシャの歌手というとナナ・ムスクーリになりがちだが、どちらかというと彼女はシャンソン歌手。ギリシャには民謡もあれば、舞踊曲やポピュラーなどいろんなジャンルがあって、それぞれに有名な演奏家、歌手がいるということだ。5〜6枚試聴させてもらって一番気に入ったものを買ったが、そのうちプレーヤーが使えなくなった。
 


 
千葉県:T.D.


 プール初体験 

C5損傷22年、60歳♂

 ◇重度障害者のための水泳教室 
 数年前妻と沖縄に行った。そもそもは「はがき通信」でハワイに行くという企画が持ち上がったのがきっかけだ。ハワイまで8時間の飛行機に耐えられるかどうかの実験だった。結論は、飛行機は沖縄までが限界というものだったが、それはともかく、美ら海水族館などおきまりの観光スポットに行った。
 また行きたいねという妻にわたしは返事をしぶった。「沖縄は潜らなきゃなあ……」若いころ沖縄でシュノーケリングをしたわたしは、珊瑚礁や熱帯魚の美しさが忘れられない。海は上から見るぶんにはただの大きな水たまりにすぎない、潜ってそこにもう一つの地球の姿を発見するのが海の醍醐味(だいごみ)なのだ。海は潜らなければつまらない。だがこの体ではむつかしい。
 ところが2008年の夏のある日、妻が区報で区主催の「重度障害者のための水泳教室」を見つけた。ここで水泳の訓練をすれば少しは泳げるかもしれない。一気に沖縄行きが浮上した。
 区報には「重度障害者のための水泳教室」とあったが、申し込んだあとで送られてきたプリントには「第3回わいわいスポーツ教室プールで遊ぼう♪」とあって、子供向きなのかと心配になる。子供でも大人でも水泳の原理は同じだが……。送迎バスの注意点に「停留所までは、ご家族の送迎をお願いします」と書いてある。意味がわからず電話するとやはり本人だけの参加が原則であり、付添いは乗車できないという返事。わたしは膀胱瘻(ぼうこうろう)だ。プールに入る前に蓄尿袋を切り離してバルーン・カテーテルにストッパーをする必要がある。水から上がって蓄尿袋をつなげるときにはアルコール綿で消毒しなければならないだろう。その他もろもろ初対面のボランティアには荷が重いことがある。ふたたび役所に電話すると担当者も心配になったらしく、奥様に来ていただいたほうがよさそうですねという。ただし飽くまでも送迎バスでなく別ルートでと譲らない。やむなく送迎地点まで妻は自転車で同道し、わたしがバスに乗り込んだら自転車で追いかけることになった。
 電話を切ったあともいろいろ不安がよぎり、みたび電話。家族の乗る余裕がない車って小さくないか、シャワーチェアはどんな形、トランスファーのとき褥瘡にならないか……受け答えを聞いていると、なんだかほんとうに重度障害者をあつかったことがあるのか怪しい雰囲気。「わたし1級の障害者なんですけど」「参加者には1級のかたもいらっしゃいますよ」バスでもプールでも施設の慣れた職員が対応するから大丈夫とのことだ。まあものは試し、思いきって行ってみようと決めた。

 ◇重度は重度でも…… 
 迎えのバスは大きなもので、横腹に1メートルも上下する巨大なリフトを備えていた。乗り込んでから車椅子の向きをバスの進行方向に変える必要がある。だが施設の職員は電動車椅子などさわったこともないという。妻が後ろからウンセウンセと車椅子を持ち上げて位置の微調整をした。早くも不安的中。
 先客はみな2人用の座席に1人ずつすわっている。介助用車椅子に乗った女性ひとり以外はみな歩けるひとたちで、ほとんどは知的障害者のようだ。「アウアウ」「グエー」といったうめき声が——いや慣れたひとが聞けば何らかの意味をくみ取れるかもしれないが——車内のあちこちから起こる。後頭部を座席の背もたれにバンバン打ち付ける者もいる。ホーキング青山の本で予備知識を得ていたから肝を冷やすようなことはなかったが、狭い空間で知的障害者に囲まれるのは初めてのこと、声はやはり不気味だ。
 区の体育館まで自転車の妻と抜きつ抜かれつ。途中で数人の参加者を拾う。みな知的障害者で、送迎地点まで家族が付き添っている。慣れたものだ。
 体育館に到着。降車するとき施設の女性に「リフトの上まで自分でバックするのは危険だから誰か腕っぷしの強い男性に手動でお願いします」というと、バスを待ち受けていたボランティアの群れに車窓から声をかけてくれた。ところがリフトの手すりにぶつけたため、車椅子側面の部品がはがれてだらんと垂れ下がった。わたしは「ゲッ」と叫んだが妻はあわてずもとに戻した。妻は慣れているから苦もなくやってのけるが、他の人では正しい位置に付けられない。どうして家族をバスに同乗させないのか。
 その場でボラさんが自己紹介。太った白人青年だ。ネームプレートを示しながら名乗るのだが外人名で憶えられない。最後に「太郎」とあるので「太郎さん」と呼ぶことにした。ふだんは何をしているのか聞くと、妹と二人で介護事業所をしているとのこと。ヘルパーなのだ。

 ◇いよいよ水中に 
 水着は家を出るときから着ている。更衣室で尿袋を切り離し、バルーンにストッパーを装着。どれくらい膀胱が保つのか不安。わたしの膀胱容量は30ccにすぎない。太郎さんのほかにその日の行事のリーダーとおぼしきひとがついてくれる。
 シャワーキャリーはニッシン製。褥瘡を警戒してバスタオルを敷いてから乗り移る。小さくてまともにすわれない。ゆるやかなスロープを降りてプールへはいる。深いところまで来てシャワーキャリーを抜き取ったあとは太郎さんが背後から頭を持ち上げてくれる。
 しばらく仰向けのまま移動したが、何の変化もない。障害者なりの泳法を教えてくれればと期待していたが、いっこうにその気配はない。まあそんなこともあろうかとかねて用意のゴーグルとシュノーケルを付け、体を裏返してもらう。わたしの目的は海中散歩だ。シュノーケルによる呼吸には何の支障もなかったが、泳ぐ能力は残存していないことを痛感した。上腕二頭筋を利用して水をかき寄せてみたが、シュノーケルに水が入ってくる。どうやら頭が沈む方向に水をかいているようだ。重度身体障害者に慣れたインストラクターがいれば少しは泳げたかもしれない。ただ引っ張っていってもらうだけではつまらない。見えるのはプールの底のタイルだけ。ゴミが漂っている。
 周りのひとの声は聞こえるが、こちらの思いを伝えることはできない。もどかしい。体を起こしてほしいときには頭を振ることにした。仰向けに浮かぶと、耳は水中に沈むが目と鼻は出ることがわかった。健常者のころより楽に浮けるのは脱力しているからだろう。ヌードルと呼ばれる浮きに後頭部を乗せればさらに安心だ。
 (おなじころC4のT梨さんが神奈川リハビリテーション病院で負傷後初の水泳訓練を受けていたことを知った。「はがき通信」114号によれば、PT、OTの指導で《首と肩を使って何とか前に進めた》という。やはりゴーグルとシュノーケルを装着していた模様。OTは「まるでイルカのようだ」と言ったそうだから、手を使わずに体幹のみを上下動させる方法だろう。C4にできてC5にできないはずはない。やはりコーチがいるといないでは大きく違う。しかしそんなコーチは神奈リハ以外いないのではないか。)
プールの中で一度過反射があったので縁に寄ってバルーンを開放、少量排尿。1時間後に上がって着替えの最中強い過反射があり開放するとどっと出た。
 帰りも水着のまま帰ってくる予定だったが、プールで体が冷える、着替えなければ無理(帰宅後風呂で体を温める)。
 帰りのバスに乗り込むべく妻が介助していると、さっきのリーダーが来て、「一緒に乗っていったらどうか」と勧めてくれる。だからいわんこっちゃない。要するに重度の身障者をあつかったことがないのだ。身障者がたくさん参加していれば自治体もそれなりの対応を取るだろう。参加しない身障者にも責任の一端がないではない。
 送迎地点でわたしを待ち受けるべく妻はすっ飛んで出発。帰りのバスの中でもまた知的障害者たちは意味不明のうめき声を上げたり頭をバンバン打ち付けたりしていた。「アウ」とか「グゲ」などの短い声の中にひとりだけ「アーオアーア、イーアーーオーイ」長い声を出すひとがいて、よくよく聞いていると「あとからきたのにおいこされ」水戸黄門の主題歌ではないか。ホッとしていっしょに歌いたくなった。
  

東京都:F川



 音声認識環境制御装置「ボイスキャン」 

53歳、頸損歴25年、C4、♂

 ◇ボイスキャンとは 
 音声認識のソフトウエアです。環境制御装置(学習リモコン)として使うには、“なんでもIR”(テクノツール社)が必要です。あらかじめ自分の声を登録することなく、セットアップすれば使えます。
 ※外部スイッチで作動させる場合は、“なんでもスイッチUSB”(テクノツール社)が必要です。
 問合せ先:有限会社テックシロシステム
 〒730-0042 広島市中区国泰寺町一丁目5−31
 TEL:082−241−2677 FAX:082−241−2788
 HP:http://www.tech-siro.co.jp/ 
 また、ボイスキャン中国では、パッケージとしてPC・ソフト・初期設定料などを22万円で販売しています。下記のHPを見れば、使い方の概要が理解しやすいかと思います。
 HP:http://www.voicecan.ecweb.jp/ 

 ◇デモンストレーションを終えて
 音声認識環境制御装置のデモンストレーションが、昨年10月25日(日)広島市西区地域福祉センターにおいて行なわれました。“ボイスキャン”という音声認識ソフトを開発したテックシロシステムからM氏が来られ、パソコン・テレビ・電話機を持ち込んで音声で動かしました。テレビは声で「テレビ点ける」「テレビ消す」と言うと、テレビのスイッチがON・OFFし、電話は声で「電話かける」「○○さん」と言うと、あらかじめ登録しておいた電話機につながりました。動作はほぼ完璧に作動し、会場からは「ほーぅ」「すげぇー」との驚きの声が上がるほどでした。女性の声でも試しましたが、問題はありません。
 ※電話は、IP電話のSkype(スカイプ)で通話します。

 ◇セットアップと費用
 私は台湾製のパソコンXP(ACER社、8.9インチ、54,800円)を買って、セットアップしました。基本のセッティングはテックシロシステム、赤外線信号や言葉の登録は近所の電気屋に任せました。電話のセッティイングはしていません。音声と外部スイッチで同時に動かせるようにしました。
 費用は、“ボイスキャン”(25,200円)、“なんでもIR”(22,050円)、“なんでもスイッチUSB”(27,090円)、高感度マイク(オーディオテクニカ社:9,240円)、およびセッティング料(約2万円)がかかりますが、これらは日常生活用具(情報通信支援 ※パソコンは対象外)から10万円(うち1万円は自己負担)が給付されました。ただし、市町村によってどこまで支給されるか、判断が分かれる場合がありますので、あらかじめ確認を取っておく必要があります。

 ◇実際に使ってみて
 音声で環境制御装置を動かすのは、周りの人に気を遣うと同時に、声を出すことに疲れます。例えばテレビを点ける場合は、「おんせいにんしきかいし」「てれび」「てれびつける」と発声します。マイクの近くで発声した方が認識は良いし、声を張り上げなくても済むのですが、会話中に誤作動する場合があります。特に数字の「いち」「に」「さん」……など短い言葉に反応します。機器の登録を多くすると、反応が鈍くなったり、誤作動を起こす確率が上がります。言葉が短くても長過ぎても認識が上手くいきません。
 会話中の誤作動を防ぐ対策として、時間が経てば音声認識モードをOFFするよう設定したり、言葉で「おんせいにんしきていし」と言うことで回避できます。
 また、初期画面のタイトル項目が、電話、テレビ、DVD、照明、エアコンの5個(写真参照)しかなく編集することができません。したがって、コンポはDVDの中に入れ、扇風機はエアコンの中に入れることになりますが、言葉選びに苦労します。タイトル項目が自分で自由に編集できるように改善しないと、このシステムの評価はできません。





 ◇まとめ 
 この値段で、完成度の高い環境制御装置を望むのは無理なのでしょうか? 音声で機器を制御するには確実性に劣ります。このシステムをメインに生活を組み立てるのは危険でしょう。チャンネルを増やすなど補助的で気楽な活用をすれば、音声認識はなかなか面白いですよ。声でテレビなどの機器を動かすとみんなビックリしたり、関心したりするので偉くなったような気がします。
 外部スイッチで作動させれば確実性は上がりますが、それなりの機器が必要ですし、他の環境制御装置と比べると完成度は低いです。このシステムの将来は、テックシロシステム社がどれだけユーザーの声を聞いて改善するかということと、セッティングやアフターサービスを充実させるかに掛かっているように思います。
 ※パソコンのキーボードを押せる方は、“なんでもIR”だけで環境制御装置として使えます。これって値段の割に、結構すぐれ物なんですよ。
 “なんでもIR”
 http://www.ttools.co.jp/product/hand/ircenter/index.html

広島県:Y.O.

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