○「国連・障害者権利条約特別委員会」傍聴団報告書/U.傍聴団メンバーからの感想

特別委員会傍聴の感想

DPI日本会議事務局長 三澤  了

 8月上旬というDPI世界会議まで80日をきったこの時期に、世界会議の準備事務局を預かる者が10日間日本を留守にするということに大きなためらいを感じた。また、健康を気遣ってくれる近しい仲間たちからも暑さの中でのハードな旅行に出ることに対して懸念の声があがった。そうした想いや心配の声を振り切って傍聴団に参加する気になったのは、やはり今この時期に障害者の権利の確立にむけての確かな一歩を踏み出す現場に立ち会いたい、という強い好奇心が働いたからである。

 テレビ等では何回か目にしているものの、国連の委員会はこういう形で行われるのだということが改めて実感させられた。私が参加したBグループが傍聴した2週目は、会議がある程度軌道に乗った状態であったので、会議ごとのテーマに沿って各国政府ならびにNGOから条約の必要性やそれぞれの国の背景などに関して発言が行われていた。NGOの発言の多くは条約制定の必要性を論じるものであったようだが、各国政府の中には、既存の6大人権条約との関連性や条約の有効性に関して否定的、消極的な意見を述べる国も見られた。日本政府の発言は国連代表部の大使によって行われたが、「条約をつくるならばどこの国にも受け入れやすいものでなければならない。つくっても守られない条約をつくっても意味がない」というようなごく当たり前な、慎重さを絵に描いたような発言であり、日本政府としての障害者の権利保障にむけた哲学というものが感じられない寂しさを感じた。

 言葉の障害等の問題もあり、全体を正確に把握し得たかどうか疑わしいところもあるが、その状況のなかでもIDAを始めとする各種NGOの活発な動きには目をみはらされた。正規の委員会での積極的な発言やNGOミーティングでの活発な意見交換ならびにロビーイング等々、多くの仕事をこなしている姿は当事者運動として学ぶべき点が多くあった。NGOからの発言は全体的に権利条約の早期制定を望む声、さらに具体的に含めるべき権利に関する発言が多く聞かれたことと、社会開発を積極的に進めることの重要性にふれたものも多く、当事者組織としては当然の提起とうなずかせるものであった。

 2002年は、障害者基本法の制定から10年であり、「障害者プラン」の最終年でもある。国際的には、アジア太平洋障害者の十年であるとともに、DPI世界大会が札幌で開催される。そして、2年延長された基準規則の各国の障害者法制と施策に対するモニタリングが終了する年にあたり、国内外を通じて、その後の戦略的目標の確定にむけた取り組みが集中していくことになる。こうした多様な取り組みをつなぎながら束ねていくことを通じて、権利条約の国連採択と日本政府の批准、さらに日本版障害者差別禁止法の制定にむけて大きなステップにしていくことが求められている。


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