今私が思う事

                                              

私の弟は高機能自閉症です。
高機能自閉症は一人一人症状が違い
弟の場合言われたことを理解できなかったり、
すぐに忘れたりします。でも外見からはわかりません。
身体能力は普通の子と同じだし、
とても明るい性格をしています。だからこそ気づいてもらえません。


 学校もだいぶ対応してくれて、年々生活しやすい環境が整ってきました。
社会でもそうした子供たちへの対応が進んでいます。
それに加えて私の家族も所属しているダンボクラブのような親の会も発足しています。
社会では大人たちは自分たちで動くことができます。


社会では弱いものに対して、
バリアがあるものに対してはそれに応じた対応をしてくれます。
でも、私たち障害児の兄弟にはなにありません。
確かに私たち兄弟は親に比べたら何の悲しみもないし、
本人に比べたら辛いこともないかもしれません。
でもそれなりに辛いし、苦しいこともあるのです。
その上、親が亡くなれば自然に兄弟が面倒をみることになります。
障害者の人は障害を抱えているがゆえに、
就職や結婚といったものに関してあまり関わることができていないからです。


 私は両親に「あなたはしっかりしているから」
そう言われ続けていました。
確かに弟から見たらそうみえたと思います。
それに加えて、姉としての立場から弟が迷惑をかけているのだから
私がかけちゃいけないとそう思ってきました。
だから私はそんな言葉に対して否定をしませんでした。
それだけでなく言われるたびに、もっと頑張らなければならないと思いました。
だから私は誰から見ても優等生であるように振舞いました。
さすがに成績はよくありませんでしたが、制服を真面目に着こなし校則を守り
生徒会の役員も勤めました。
委員会も進んではいり委員長にもなりました。
それでも部活にもきちんと取り組みました。
一生懸命でした。
弟にとればたとえテストで十点でもとれたらすごいとほめられます。
でもわたしは本当にそれなりの結果をださなければ、
ほめられません。だから必死でした。


 それは私の心が幼いからだ。
そういわれたことがあります。
そうなのでしょう。
確かに私はまだ幼くて、いろんなことが我慢できなくて、
きっと大人になったらそれを受け入れることができて、
自分を抑えることができるんだと思います。
でも私はまだ子供なんです。
社会的にも、精神的にも、肉体的にも、
どれをとっても大人とは認められてないんです。


 私はまだこんな状態で、
将来弟の面倒を見ることができるのか不安です。
もしかしたら私が大人になればこんなことを思うことはないかもしれません。
でも私はまだどんなに頑張っても大人にはなれません。
少しずつ、少しずつ、成長しなければなれないのです。


 それでも苦しいことやつらいことはこれからも絶えずあると思います。
それを少しでも知って欲しい。そして私たち兄弟にも目を向けて欲しいと思います。
そう思っていない人もいると思います。
でも遠慮している部分が少なからずあると思うのです。
そしてきっとこんなことで話し合ったりできるのも今しかないと思います。
どんな子でも同じ家族として考え、できれば同じだけ手をかけて欲しいのです。


将来、自分の兄弟と仲良く暮らせれるように。

先日、全国重症心身障害児(者)を守る会・四国ブロック主催による、
重症心身障害児(者)兄弟姉妹シンポジウムがあり
、ダンボクラブに所属する男児の姉が作文を発表しました。
このシンポジウムの目的には、『障害児を抱える家庭では、障害のある子を中心とした生活になりやすい傾向にあります
保護者や周りの者は、無意識の内に、きょうだいに負担や不安を与えている場合があるのではないでしょうか。
このシンポジウムをとおして、きょうだいの思いや体験を聞きながら、一緒に考える機会とします。』 とあります。
 私たち親は、子どもに同じように愛情を注いでいるつもりですが、
きょうだい児は、思ったよりもずっと我慢や遠慮をしているのかもしれません。
今後、きょうだい児の支援についても考えていきたいと思います。