2011年8月27日(土)
退院おめでとう

久々にО君からメールが届いたので紹介します。

ご丁寧なお祝いのメール有難うございます。今の私があるのはチェリー館の皆さんとママさんの後ろ盾がなければなかったことと想っています。このまま体が丈夫で動く内はずっと、お手伝いを続けたいと想っていたのも事実です。ただ病院に再入院する前送ったメールの「慎みて悪にゆかざれ、楽しみてよきにおもむけ」が「苦しみてよきにおもむけ」に変わっていたのがとてもショックだったです。これはあのメールの根本を成す部分です・・・。

人間はほうき星の様なモノだと、僕は想っています。            О

ごめんなさい。楽しみて善に赴け 慎みて悪にゆかざれ 故 小松智光尼僧の有名なお言葉だったのですね。人の生きる道・・・様々でしょうが・・・最後は幸福でしたと言って死ねたらいいなと思っています・・・みんなも・・
                                                    ママさんでした。

2010年10月15日(金)
むずかしいことは分からん!!!

またまた登場のОであります。
ちょっと想いついたことがありますので書きます。
最近想うのですが、これだけ、世の中が複雑で混沌としてくると、何をどうしていいのかとわからない、と頭を抱えたくなりませんか?
僕は頭が弱いのでこまっています。
そこで頭の弱いなりに、いろいろと本を読み漁ったあげくに辿りついたことは、というより頭に残っていることは、他の人を喜ばそうとする人には、法律はいらないということ、です。
それと、   慎みて悪にゆかざれ 悲しみてよきに赴け   いい言葉だと想いませんか?
後は心に形は無い、いかようにでも変わるということ。
はっきりいってしまえば、これだけ世の中が複雑化すると、法律が追いつかないということ!!
ではどうするか?
道徳心を子供の頃から叩き込むしか無いのでは、僕はそう想います。

追申  僕は相変わらず、熊木杏里ちゃんの歌を口づさんでいます。
   
           運命なら、また逢える                       以上

2010年10月9日(土)
こけちゃいました。

こんにちは。

またまた登場のОです。
今日も眠れずに、このメッセージを書いています。
NHKーFMの《ラジオ深夜便》を聴きながら・・・。
ただ゜今の時間はAM3:00です。
こんな時間に起きているのは、仕事をしている方か、受験生かはたまた、少し精神的に不安定な方々ぐらいだと想います。
僕はと言えば勿論一番最後の人になるでしょう。
その一因は、僕、こけちゃいました!!
それも別に、競技用のスポーツ自転車じゃなく、買い物用の俗に言うママチャリで・・・。
情けないやら、悔しいやらといった複雑な想いで、現在落ち込んでいます。
事故の詳細は面倒なので省かせて頂きますが、マァ簡単に言えば、車道と歩道のところの縁石に突っ込んじゃいました。
勿論昼間ではなく夜間に買い物に出かけた時の事です。
マァ、最近の精神状態の現れでしょうか?
それともただの不注意でしょうか?
そのときの事故で、左足の靭帯という部分を傷めてしまい、歩くのも難儀していす。
最近やたらとノーベル賞の受賞で世間は騒いでいますが、誰か頭のいい研究者さん、自転車のライトをもっと明るいものを開発してくれないでしょうか。
そんなライト付きの自転車がでたら、多少値が張っても僕が真っ先に買います。
もしかしたら、ノーベル賞も夢ではないのでは?!
誰も表彰してくれなくても、僕が百万本の薔薇を贈ります。(本当かよ)
追申
僕は相変わらず、熊木杏里ちゃんの歌を、口ずさんでいます。
運命ならまた逢えると・・・。と。
ただ今AM4:00
もう眠くなってきたので寝ます。おやすみなさい。

2010年9月12日(日)
専業主婦の存在

こんにちは。

かろうじて、このコーナーだけでチェリー館とつながらせて頂いているОです。

皆さん様々な方々が、私の知らないうちに、経営者のKさんの人柄に魅かれて、チェリー館を支えて下さっている様で、私がいうのもおこがましいのですが、有難いことです。

なにせ、私がかろうじて、社会との接点になっているのは、チェリー館あってのこの部分だけですから・・・。

では私は家で何をしているか、洗濯と散歩と買い物等をして過ごしています。

私の弟が、安全靴を買ってきて、一ヶ月もたないという重労働をしていまして、この夏の猛暑も手伝ってサボっても二日、毎日洗濯をしないと洗濯カゴがいっぱいになってしまうので、洗濯は私の日課から外せません。

そこで開き直って考えてみました。

これだけ、女性が社会に出て、世の中の重要な仕事に就くようになって、いまさらいうのもなんですが、前回に続いて私語となってしまいそうな言葉が《内助の功》です。

分からない人は辞書で調べてみて下さい。

今、思い当たったのですが、これってNHKのドラマ《ゲゲゲの女房》につながるテーマでは!!

残念ながら、私は見ないのであくまで、思い込みで書き込んでいます。

昔、会社勤めをしていた時に、朝、機嫌の悪い人がいると、г家で嫁さんと喧嘩でもしたのか?」そんな会話をしていた世代の人間な者で、この《内助の功》という言葉にはなんとなく憧れを感じてしまいます。

そんな訳で、私は《専業主婦》という言葉に別に抵抗を感じません。

ということで、《無職》の私が開き直って《専業主婦》を応援して《専業主夫》をしている言い訳を書き記させて頂きました。

以上

PS 経営者のKさんへ

今、無学の私が、へたくその作文を書いています。
  面白くもなんともない文章ですが、いつか本にでもまとめられればいいなと思っています。
  それが引っかかって、今の生活で一杯一杯という感じです。
  顔を出さなくて御免なさい。

2010年8月2日(月)
眠れずに・・・バージョン2

こんちは。

またまた登場のОです。

今回は歌手の大塚 愛ちゃんが結婚した事の話題について・・・。

まず、唐突ですが男と女の友情は成立するのか!!

恋愛経験の乏しい私としては、幻想といわれも、成立すると想っています。

なんだかんだ騒いだところで、結局は同じ人間つまり男だ女だという前に人として、というのがあるといつの頃からか、想うようになっていたからです。

よくラジオ番組などで、男と女は違う生き物ですよね、と訳知り顔で言っている人もいますが、《喜怒哀楽》はその表れ方に違いはあっても、どちらも持っていますし、その表れ方が違うのは、男女関係なく人としての個人差があると想っています。

そこで、結婚をした芸能人の方々でいつの頃からか、《熟年離婚》というものが騒がれ出した時期がありましたが、《おしどり夫婦》といわれていた、理想の夫婦がバタバタと離婚していった頃です。

私は結婚した経験がないので、あくまで個人的な意見ですが、昔の人は今よりも《痛み分け》という古き良き考えを、今の人達に比べ持っていたのではないかなあ、という気がします。

それと、昔の人達は《人は自分の鏡》そんな事も、よく聞かされた覚えがあります。

まともな人だったら、馬鹿野朗と怒鳴られれば、馬鹿野朗と怒鳴りたくもなるだろうし、笑顔でこんにちはと、挨拶されれば自然と笑顔になるものではないでしょうか?

私個人の考えですが、男女の仲もどちらかが、一方的に悪いということはなくて、大なり小なりどちらにも非があるのではないでしょうか?

何?全然説得力がないって。

こりゃまた失礼しました。
愛ちゃんとスーさんには、誰もが羨むような素晴らしい《おしどり夫婦》になって欲しいと想います。
御幸せに。

  PS:CDプレーヤーが壊れてCDが聴けなくなってしまいました。
     中島みゆきさんの《糸》が聞けないよぉー。
     これを聴くと想うところがあって、じーんとしてしまいます。

2010年7月14日(水)
眠れずに

こんにちは。
暫くぶりで御座います。

このコーナー担当のОで御座います。

本当にお久しぶりですが、僕が最後にメールしたのは確か、病院に再入院した時のことだったと想います。

現在はチェリー館にも行かずに、自宅療養中です。

早いもので退院してから、一、二年のつもりがもう三年近く経とうとしています。

バレリーナの草刈民代さんが、引退して会見を開き涙したのがついこの前のような気がします。

テレビでその会見の様子を、少しですが見かけてインターネットで改めて、記事で確かめたところ自分は本当にバレー一筋で生きてきて、他に何も知らないのですと、涙したらしいことを知りました。

僕はそのことを知り、可哀そうとも想いましたが、その気持ちよりも遥かに羨ましい想いを強く感じました。

自分を振り返ると、なんにでもすぐに手は出すけれど、全てがことごとく中途半端で兄弟たちにもそのことをよく指摘されてしまいます。

山本周五郎先生の作品に《さぶ》というのがありまして、この中で丁稚奉公(でっちぼうこう)のさぶが、親友に俺はこれしかとりえが無いとこぼすと、親友はそれじゃあその道で日本一になればいいと励ます場面が出てきますし、《バカの壁》で有名な養老先生も世の中と通ずるものは、何か一つあればいいと仰っています。

最近はあまり聞きませんが、《器用貧乏》お前はそれだな。と父にいわれたことがありますが、これを克服するには人並みはずれた努力と、環境や時間、それにかなりのお金などさまざまな、恵まれた条件が必要になると思います。

でも、やはり僕はあの世に行ったとき、あいつは生涯これをやり続けたな。といわれる《何か》を見つけたいと想います。

そういった意味でも草刈民代さんの涙は、僕にとっては美しく羨ましいものでした。

ps:最近よく口をついて出てくる歌・・・。

 運命なら また逢える そんなことを 想っているよ

 熊木杏里ちゃんの歌です。

以上

2010年2月23日(火)
斉藤さんからのメッセージ

(昨年からボランティアに来て戴いて、今年、生活指導員になられた斉藤さんからメッセージを戴きました。初めて手話通訳のボランティアをされたのが20年前とのこと、ボランティアの心・あり方とかいろいろ教わっています。)

厚生労働省の定めるガイド・ヘルパー、重度視覚障害者研修課定を終了し多くの方達の手助けをして来ました。1月よりチェリー館に通い始め、ガイドヘルパーとして送迎をしたり、散歩をしたり、お話をしたり、毎日にぎやかに過しています。遊びに来てください。出逢いを大切にする斉藤です。

2010年2月19日(金)
庄子さんからのメッセージ

作業所に楽しく通って皆さんと過ごしています。

 
 
出来ないと 逃げることより やる勇気
      
    頑張れファイト!! 笑える明日


                                   草原 咲
                            
                                 

    
                  ぜひお暇なときに読んで下さいね。コメントもよろしくお願いしますね

2010年2月18日(木)
あらためて

はじめましてから5年もたとうとしています。当初のみんなも健在で新しいボランティアの方も集まってくれました。配食サービスを母体に生活ホーム・グループホーム・今年から就労支援多機能型を開設することができました。将来は配食サービスと就労支援を合体させることを目標としています。
今回は就労支援の職員を紹介したいと思います。
先ずはサービス管理責任者の東さん。とても気持ちの深い方でみんなをリードしてくれます。
職業指導員の永井さん。もと教員で特別支援学校の教員免許も取得しています。理性的に物事をとらえ、新しい仕事に真正面に取り組んでいます。
生活支援員の鈴木さん。穏やかな人柄で今までの仕事をやめてチェリー館にきてくれました。
利用者の庄子さん。将来は生活支援員になっていただくつもりです。ガラスのように澄み切った心をお持ちの方です。
その他、様々な方たちがいますが後々紹介させていただきます。Kでした。

2005年7月13日(水)
はじめまして

ホームページを作ってから3ヶ月ぐらいたつのかしら・・・・・・

チェリー館へ

みんなの日記

http://blog.goo.ne.jp/kusaharasaki_2009/
草原咲さんのブログです