みなさんから寄せられた声をお届けします
「退院してみて」 by 埼玉の本庄ママ
私の娘は、生後3ヶ月半(2008年11月)で退院しました。
退院直後から、訪問看護サービスを利用しています。毎日1時間ほど来てもらい、最初のうちはお風呂などを手伝ってもらいました。自分でお風呂に入れるのは怖かったけど、1ヶ月も経たないうちにパパも私も知らぬ間にできる様になりました。人工呼吸器の回路交換も、慣れるまでは業者の方と一緒に行いました。でも、もしカニューレが抜けてしまったら、ひとりで入れる自信はまだありません。
病院へは、片道1時間以上かかるうえに、呼吸器、吸引機、オムツ、ミルクなどの大荷物があるので、とてもひとりでは連れていけません。親や生活サポートの方にお願いしています。また、お兄ちゃんの保育園への送り迎えは、親にしてもらっています。
娘が在宅初めての冬で風邪をもらい、痰の吸引が増え、人工呼吸器をなかなかつけさせてくれない時がありました。私が娘にかかりっきりなのでお兄ちゃんが赤ちゃん返りしてしまい、毎日私の怒鳴り声が響き渡っている…そんな状況が続きました。ストレスが重なり、「この子はNICUの看護士さんのところに居たほうが良かったのかなあ…」と悲観的になったことがありました。
でも、兄弟が遊んでいる姿を見ると、とても幸せな気持ちになり、癒されます。
私の気持ちが沈んでいる時は、お兄ちゃんは歌を歌ってくれたり、笑わせてくれました。「色々考えすぎてママの気分が落ち込むのは分かるけど、お兄ちゃんが可愛そうだよ。娘だって産まれてきてくれてがんばっているのだから、暗くなるのはやめよう。」と、パパは言ってくれました。
それ以降も私が落ち込むたびに支えてくれたのは、お兄ちゃんとパパでした。
親はどんな時でも冷静で強くなければいけないのに、私は助けられてばかりでした。
娘が産まれてから同じ病気の子やその親と知り合えたらいいな、と思っていました。難病を特集したTV番組があれば必ず見ていましたが、本当に数すくないのですね。TV番組で見た同じ病気のお母さんのように、「とてもじゃないけど育てる自信がない…無理…。」と思ったことがあります。でも、そんな気持ちがいつしか「ママが守ってあげるからね。早く一緒にお家に帰ろうね。」っていう愛しい気持ちに変わるんですよね。
妊娠中に何か悪いもの食べたせいかな、とか、私自身に何か原因があるのかな、と自分を責めるママは多いと思います。でも、この会を知り、「誰のせいでもない。出産などの原因ではない。」って聞くと、それだけで気持ちが楽になり、救われます。
今後は私も気持ちが沈んでいる人の支えになりたいと思います。
在宅開始から5ヶ月、娘が生まれてから8ヶ月。
娘の表情もますます豊かになりました。これからの成長がとても楽しみです。
いつかCCHSファミリー会のみなさんと会える日を楽しみにしています。
【コメント】
3ヶ月半での退院はCCHSファミリー会の中でも一番の早さです。普通なら在宅医療どころか、まだ「こころ」の整理が全くついていないものですが、ここまで頑張って来られたのは、本庄ファミリーの “家族愛”の証だと思います。 いつか、全国の仲間が一同に集まる機会を作りましょう。
「すやすや」 by 世田谷の#③パパ
何となく夜中に目が覚める。
となりの部屋に行き、ママと娘のベッドにもぐりこむ。
ママの寝顔と、娘の寝顔を眺める。
今日は一日楽しかっただろうか、と想う。
体に巻きついた回路を戻し、蹴った布団をかけ直す。
私はまた眠る。
規則正しい呼吸器の音を聞きながら。
明日も幸せな一日でありますように。
「こんにちは」 by カリフォルニアのランカスターさん
こんにちは。
私はカリフォルニアに住む女子大生です。大学では呼吸療法学を勉強していて、自分の車で通学しています。寝るときは、自分で横隔膜ペーサーをつないでいます。これまで何か不便だったことはなく、ほぼ自分の思い通りに生きてきたって感じです。もう22才なのでそろそろ一人暮らしを始めようかな、と思っています。
2008年にフロリダで開かれたCCHSファミリーカンファレンスには、両親が忙しかったので一人で行きました。一人で飛行機に乗りホテルに泊まる事に、両親も私も全然問題なかったのですが、参加した親たちの方が逆にびっくりしていたのが印象的でした。正直、私と同じ年齢か年上のCCHSの仲間が、いまだ親から「こども扱い」されているのを見て、何だか気が滅入ってしまいました。もうあなた達、立派な大人じゃないの!って。
私の母(45才)は、今まで一度たりとも、私を障害者とか、弱者だとかいう扱いをしたことはありませんでした。私が小さい頃、母はシングルマザーだったから、特に絆が深く、また「自立」という事を自然に学んだのかもしれません。母は私が小さい頃は呼吸器を積んでメキシコへドライブしたり、飛行機でスコットランドに行ったり、とにかく色んな世界を見せてくれました。私が生き生きとしているのは母のおかげだと思います。
私はCCHSを負担に感じた事がありません。感じる必要がないんです。だって、自分でそれを変えることができないから。私はそれを障害ではなく、ちょっとした責任が加わったくらいに思っています。学校にいる時とか友達といる時は、病気のことなんか考えもしませんし、友達も全然知りません。必要がある時だけちゃんとCCHSのことを話すようにしています。私のCCHSは比較的軽い方ですが、それを他人に上手に伝える事もできるし、あまりに馴染みすぎてそれが特別な事とは感じないんです。小さい頃は、手術や入院をする度びっくりしたけど、今は学校や家庭と同じ「日常のひとつ」として医療をとらえています。ロサンゼルス小児病院までひとりで2時間ドライブをして、睡眠検査などを済ませて、また2時間かけて帰ります。CCHSは自分から切り離すことができないし、文句言っても始まらないでしょ。医療の事がうまくいけば、自分の人生や家族との事もうまくいくんだし。
私は自分に起こる事をまるごと受け入れるようにしています。
受け入れることで自分はもう一歩「自立」へと前進できるから。
人生何が起るかなんて誰も分からない。
母も私を甘やかそうなんてさらさら思っていないのがありがたいのです。
親は恐れる事なんてないと思います。「こどもに何か起きたらどうしよう」と、あまり家から出さないでいる親の気持ちは分からないでもありません。でも、隔離されたこどもはいつか親を恨むようになります。そんな結果になるのは嬉しくないです。
自分のこどもが障害を持ったから自分らしい生き方を諦めたとか、こどもの人生を自分の人生のなかに閉じ込めておく事なんて考えないで欲しい、そう願います。
【コメント】
彼女とはCCHS Family Networkのディスカッションフォーラム(掲示板)を通じて知り合いました。掲示板の意見は殆どが「親」によるものですが、彼女だけ「患者目線」で意見を書き込んでいたのが印象的でした。呼吸療法士(人工呼吸器の患者を扱う)の母親の影響もあり、自分もその道を志すようになったそうです。彼女は現在、横隔膜ペーシングと心臓ペーシング(不整脈の予防)を入れています。 本人の言葉ほどこころに訴えるものはありません。