ぴゅあクラブの活動紹介と親の視点からの現在

(ぴゅあクラブ副代表 舘澤栄子)

 (ぴゅあクラブ)は社団法人日本自閉症協会群馬県支部の高機能部会(高機能広汎性発達障がい、高機能自閉症、アスペルガー症候群の特徴を持つ子ども、青年、成人の為の親の会)として平成十三年に会員六人で発足、現在ではその十倍を超える六十余名の会員を擁しています。  私たちはこのような発達障がいを持つ人たちの社会的自立を目指し、本人活動、保護者の勉強会、情報交換などの活動を行っています。  年代層によりそのニーズが違うため、本人活動として小学生以下は主に社会的スキル、コミュニュケーションスキルを養うための交流会を、中学生以上は実用的かつ余暇的活動としての交流会を、その他に少人数の交流会も行っています。  親の活動としては三名の臨床心理士さんを招いてのグループミーティング、学習会、研修会、成人親サロン、思春期親サロン、などを行っています。  まだ包括的な存在としてのスーパーバイザー(管理者・監督者)がなく、各々の活動は調整者や理解者、支援者のご協力のもと、各交流会責任者が中心となって成り立っています。

 部会が始まってからの六年の歳月と共に、発達障がいという言葉が社会でも大きく取り上げられてきた感が致します。  また自閉症という障がいについてもその認識はスペクトラム(虹のように多様な連続体)という捉え方をされ、知的には高い能力をもっているにも関わらず社会的には大きな困難を抱えての生活を余儀なくされている人たちの存在もクローズアップされてきました。  平成十七年には発達障害者支援法が施 行され、発達障害者支援センターも殆どの都道府県に設置されました。群馬県に於いても昨年七月、社会福祉総合センター内に開設され、発達障害全般の相談窓口の第一線となっています。  教育、医療、福祉の現場でも徐々にこの新しい障がいに対する認識を持ち始め、講演会や研修会も関係者のあいだで多く開催されていることを嬉しく思います。  特に義務教育現場においては特別支援教育が導入され、まだこれからの課題は多々あるにせよ個別支援、インクルージョン的教育に向かって進むことが示唆されています。  しかしながら、義務教育を終えてからの道のりが問題であることは言うまでもありません。これまではその障がいの困難性から知能指数七〇以上でも高等養護学校に入学できましたが、これからはそれが不可能となってしまい、本人が安心して落ち着ける行き場としての学校の選択に憂慮することになると聞いています。  それだけ発達障者の子どもが増えてきているということだと思いますが、その処遇が指数七〇を境にした単純な線引きというのでは余りにも策がなさ過ぎます。  高等養護に籍を置けない高機能の障がい者を一般の高校で受け入れ可能なのでしょうか。またそれなりの環境やソフト面での準備が整っているのでしょうか。  高校の中に発達に問題を持つ子どもたちへの受け皿がなければ、それこそ重大な社会問題に発展してしまいます。  学校という安全、安心な居場所が確保できていてこそ、なんとか親と教育者とのあいだの調整で子どもの健全さを保つことができるのです。早急で有効な対策を行政に強くお願いする次第です。

 かつて、{見えない病}という本を書いた外国の保護者がいましたが、広汎性発達障がいと一口に言っても障がい者本人は実に多様な困難性を抱えており、目に見える困難性から見えない困難性まで、社会関係や人間関係という生活面全体に及ぶ障がいなので、その深刻さは重く家族にも圧し掛かってきます。  まして、成人に達した後にも居場所を確保できない人たちの行く末は、悲惨な過程を踏む可能性があります。  自閉症の核となる症状は社会性の認知能力、人とのコミュニケーション能力の障害によるものであり、ひとつの物事に対する執拗なこだわり、パターン化された生活形態等も重篤なものがあります。  最近の研究の新知見では神経栄養因子の分泌を調整する遺伝子{CADPS2}の欠損が報告されています。  これは明らかに精神疾患であり遺伝子の異常に起因していることになります。  この研究結果のCADPS2遺伝子発現異常は今後の自閉症発症のメカニズム解明の糸口となるようですが、妊娠初期の段階での治療ということになれば、甚だ難しい問題を孕むことになるでしょう。

 さて、今後の課題として私たち親の会で何ができるでしょう、そして親亡き後まで子ども達が人権を保障されつつ生きられる道はどのように構築されることになるのでしょう。  今、一番福祉の支援を受けづらい在宅の成人の発達障がい者へは先ず就職への支援が必要です。障がい認知を得ずして周囲からの排斥に耐え、過酷な学校生活を送らざるを得なかった過去の記憶は二次的に精神科的症状を呈し、おそらくこれからの社会生活全般に深い影響を及ぼすでしょう。  私たち健常者は少なからず自分を守りつつ生を全うします。一見、健常と見られやすい発達障がい者は身を守ることができない上に周囲の好奇な目に晒され、そのストレスが更に障がいを重くしています。居場所としての就業は社会的にも必要です。  就職へのステップを踏むことは容易ではありませんが、個別支援を受けるにはどうしてもパートナー的存在が親子ともに必要でソフト面での支援が不可欠です。  就職を希望している在宅発達障がい者へのアプローチの方策を親と共に考え実行してくれる支援員の充実、また本人のためのパートナー(バディ)、サポーターの存在は障害者職業センターにも足を運べない障がい者にとって何より必要です。  さまざまな状況から就業が難しい障がい者の社会的居場所も重要な課題です。  その点に於いても発達障害者支援センターからの情報発信、支援ネットワークの構築で親の負担を軽減しスムースに個別支援に繋げてもらえるよう希望しています。  障がい故に犯罪の被害者、加害者とならない為に、早期介入、生涯にわたっての支援は最低限必要な施策であり、そうでなければ発達障害者支援法、障害者自立支援法が成立した意味がありません。  親亡き後が悲惨な運命にならないよう、行政が充実したセーフティネットを構築すべきなのは言うを俟ちません。  発達障がい者が暮らしやすい社会環境の整備を進めることは、取りも直さず健常者にとっても快適な明日を約束することになると信じています。

無何有郷通信10号 Letters from Nowhere から引用


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