子育てに関わる人と施設のネットワーク交流大会
(第一分科会報告)


2007年2月3日開催


(PDF版:97KB)

テ−マ:『子どもの心と体の発達?標準って何だろう?』

発達に遅れや障害のある子どもや保護者に対して、子育て支援者はどう関わったらいいのか考える

【大会主催】 群馬県青少年こども課
【第一分科会 運営主体】 NPO法人市民メディアぺぱーみんと
【参加人数】70名
【会場】群馬県庁 第281会議室

(1) 事例発表

(2)質疑応答・意見交換

(3)まとめ/終わりに/分科会総括

(1)事例発表

発表内容『発達に遅れや障害のある子やその保護者への関わり方(軽度発達障害という視点)』

●発表者 鈴木基司 氏  みどりクリニック医院長

鈴木基司氏の写真 鈴木基司 氏

 「軽度発達障害」を中心に、医療の専門科という立場でお話します。

 まず、今回の分科会の題にもある「標準ってなんだろう」と言う事ですが、何を持って「標準」とするかは私自身も常日頃考えている事で難しいです。しいて言えば、統計学においては「平均値があってそこからこのくらい変異しているうちはよくある事、それを超えるとめったにない事」と見ていき、「めったにない事は難しい問題を持ちやすい」」と発想し、その辺から正常とか異常と考えていくしかないのです。ただ、数値で評価できるような事についてはスッパリとできますが、質や程度などの評価はあいまいになる事が少なくなく、数値化することが難しくもあります。特にテーマとなる「相互交流の質」という問題は育てる人との組み合わせという視点が重要です。

 そこで「発達に遅れや障害がある子」と言う時に、発達に困難をまわりが感じていて「このままでいいのだろうか、何かしなければ」ということを考えてしまうような周囲との組み合わせがある時にどういう視点があるかと考えていきたいと思います。私が予約外来で診療している中で約2割が今日のテーマに当たるお子さんかと思います。その中から典型的な事例を本人と指摘しにくいように修飾してお話したいと思います。

 このお子さんは学校からの紹介できました。授業中席を離れ、教室を出て行く。ある時にはだまって学校から帰宅する。好きな事をしている時には没頭しているので問題ないのですが、本人の興味ない事でとるべき課題等を強いて受け入れさせようとするとパニックを起こします。また、他の事に夢中になっているあまり係の仕事をすっぽかす等トラブルが頻発し、クラスの中が大変で学級経営が成り立たなくなると相談に来た事例です。

 本人と会ってみると、やりとりや挨拶もちゃんとでき、明らかに問題となるレベルと感じられず、「何か困った事ない?」と聞いても「ない」と答えました。「じゃあ、お母さんと話をするからお兄さんと遊んでいて」と言って、両親にその子の発達歴を聞くと「言葉が遅い」と言う事だけでした。さらに、聞くと「人見知りがなく、よく迷子になったが、好きな事をさせていれば放っておいても大丈夫で手がかからなかった」そうです。ただし、「運動会など集団行動の場面では一人の動きがめだってしまって困惑してしまった」との事でした。結局、この子の援助の対策を考える為に「注意欠陥多動性障害」という事を考慮して診ていこうということになりました。

 次にこの「注意欠陥多動性障害」を含む「軽度発達障害」についてお話したいと思います。子どもには世の中に適応して、やがては社会的に自立していって欲しいと育てると思います。そこで、その子がある程度幅におさまっていれば個性で片づけられますが、著しく平均から逸脱した時やみんなができる事があまりにできないと周囲は心配になります。(余談ですが、私の所の予約外来の7割は逆に適応がよすぎて人に上手に依存できず、ストレスがたまり、身体的症状やパニック的症状をおこすお子さんであることをお伝えしておきます。)それでも知的障害がある場合は周囲で分かりやすいのですが、「軽度発達障害」は知的には障害がない、でも、適応しにくいのです。わかりにくいけれど発達上のハンディがあると推測しなくてはならないのです。

 「軽度発達障害」は1)高機能広汎性発達障害(自閉症スペクトラム)2)注意欠陥多動性障害(ADHD,ADD)3)特異性発達障害(学習障害)と3つあげられると思います。3)は統計的には少ないのですが1)は人とのやりとりや関わり方が難しく、2)は落ち着いている時、状態がいい時は人とのやりとりもいいし、人への関心も持てます。複数の人から慎重に生育歴等の情報を集め判断していきます。私は1)と2)は同質性で理解していくのが一般的に理解する上でいいのではないかと思っています。

 その事を説明します。その社会文化に適応していく時に能力を2つの軸で考えると分かりやすいと思います。1つの軸は知能で象徴される経験や学習した事を記憶していく力、覚えている力です。もう1つの軸は記憶やいくつもの情報を頭の中でつなげて処理する力です。脳科学的にはまだ完全に解明されていないですが、神経・統合レベルの問題です。多くの人は両軸が平均して一致していますが、「軽度発達障害」の人は一致していません。覚えている力はすぐれているが人との関わりは苦手。関心ある事は分るが併行的に外部からの情報を処理するのが苦手です。いつも外部入力を処理できないレベルだと重度の自閉症とわかりやすい範疇になってきますが、軽度の人は時々外部入力処理不可で自分のペースになるのです。正常といわれている私達も、たまに「夢中になる、没頭する、上の空になる」事があります。ただ、それが軽度の人は、もっと頻繁におこるので理解されにくいのです。興味関心感情が湧いた時に併行処理ができなくなるのではないかと思われますが、それはわがままと周囲からとらえられやすく、その事で責められすぐ指摘されるので、本人に被害感や不安がわきやすく、世の中に適応しにくくなるので悪循環が生じやすいのです。対策としては被害感の蓄積をさけるために周囲の共通理解、環境調整がまず必要になるし、できれば1対1的対応を保障したながら関わる事も必要になるのではないかと思います。

発表内容『その特徴を持つ本人とその家族に支援者は、どうかかわるか』

● 秋元恵利子 氏 自閉症協会群馬県支部 高機能部会「ぴゅあクラブ」代表

 私は、(ぴゅあクラブ)という(社)日本自閉症協会、群馬県支部、高機能部会の代表をしています。ぴゅあクラブは、親達の集まりで、専門家がいて療育などを行っている場所ではありません。本日はテーマにそって親の立場とぴゅあクラブの立場から発表します。

 私の子どもは高機能広汎性発達障害という診断を受けています。鈴木先生のお話を聞いていて中学の時はじめて診断を受けた時の事を思い出しました。その当時、わが子の混乱している状況はわかっていたのですが、混乱の理由がわからなかったので、診断されて支援が必要と言う事を聞いてすごくショックでしたが、今までのことは、だからなのかと安心もしました。そして私の育て方が違うと諌めていた人への怒りとこれからどうやって生きるかで、自分がつぶされそうになり、カウンセラーの人に泣きながら話していたのを思い出しました。

 その後、障害を持つ子どもへ、支援という方向から「親としてどう関わっていったらよいのか」、と本当に悩みました。サポートとはいったいなんだろう?さまざまな人に相談して行く中で気が付いた事は【本人の困り感にどうやって寄り添い学校や生活の中ストレスを少なくしていったらよいかを工夫する手立てを考える】という事でした。その中から感じた事として関係者の方達に分かっていただきたい事は 『親も支援をする人も、本人自身ですらとても、分りづらい障害』 だという事を、回りの人がわかっている事と「本人や、その保護者が自分は『大切にされている』と感じられるように関わっていただけると、何をしたらよいのか悩み苦しんでいる親子に、安定する気持ちを、そして生活を見直していくエネルギーを与えていただけるきがします。

今でこそ、たくさんの関連の本や資料、講演会があちこちで催されて、情報を選択できる状態になりつつあると感じていますが、10年前は障害の名前すら知らないし、どこに聞いても様子を見ましょうという返答ばかりで、育てかたを教えてもらえる場所もごく限られ、情報も伝わってきませんでした。まして本日のような催しに親の話を、というような事は時代の流れと変化を感じます。

 ところで、私の息子は自分の障害名を知っています。ですから私自身も彼のプライバシーを守る事は必須で、私が話した事が理由で「彼に負担な事が起きたらどうしょう」という不安な気持ちと回りの人に理解して欲しいという複雑な気持ちです。

診断を受けた後、障害を受け入れ前向きに生きる工夫をするためにどうしたらよいかを考えた時に・本人に障害を告知をしたほうがいいのだろうか?(そもそも、告知という言葉、じたいが、まるで生命を脅かされてしまうようで恐い感じがします)・告知をしないまでも負担を少なくする事を願って、まわりに公表して、「理解をしてほしい」とお願いするか?そうではなく個性として特徴を前面に出してサポートという形をお願いしていこうか?

落ち着いているのだから(診断はおりているが)取りあえずそっとしておいたほうがいいんじゃないだろうか?とか、何が本人にとって、良いのかという事を、いつも悩み不安の中で答えをもとめていました。

けれども、今でも答えは見つかっていません・・・ずっとずっと考えています。現実に対応していきながら毎日を生活して現在に、いたっています。

 そのような状態ではありますが高機能部会の代表という立場ですので、相談のрェかかってくる事があります。とても深刻な方も多くて、同じ当事者の親としては共感することが大きく、何とか役にたつ情報をお渡ししたいという気持ちがありますが、本人の障害特徴は様々で、1人、1人が違った困難さ分らなさをかかえて日々大変な努力をしながらも、理解してもらえずに叱責を受け誤解され、つらい体験をして、2次的な問題に発展してますます厳しい状況に陥る話を耳にする事も多くは本当に辛いです。

将来の事を考え悩む事も多く、彼らがどうやって生きていくのかという事を考える毎日です。

自分自身がそんな状態の中でも、少しずつ子どもが安定していく事ができたのは、(ある程度、方向を決められたのは診断から5年がたっていました) 困っている事を解決する方法を、いっしょに考えてくれる、アイディアを出そうといっしょに努力してくれる存在があった事です。学校の先生、仲良しの友人、病院の先生、カウンセラー、公的機関の相談を受ける方達、「ぴゅあ」のような親の会、様々あると思いますがあきらめずに、自分たちの事を分ってくれる人を探し続ける姿勢が大切なのかもしれないと思います。

 そして、もちろんですが、本人の特性を知る事がなによりも大切だと思っています。(講演会、セミナーに参加する事をお勧めいたします) 困難や大変さをかかえていても「わかりづらい」・・・そして置かれている立場など、さまざまな環境の違いもあり、時間とエネルギーが必要な作業だと思っていますが、本人と信頼関係を築くには欠かせないことだと感じています。 そして親を支援する事は、本人を支えるために必要不可欠だと実感しています。

 次にぴゅあクラブの立場からですが、この会は平成13年に自閉症協会の群馬県支部の中で6人から始まった集まりで現在会員60人と支援者5人と活動を支えてくださっているボランティアの方達で構成され、会の運営は自分達で行っています。子ども達のために何もなく情報もない時代に必死になり、試行錯誤しながらでも、実際にやろうという仲間の集まる場所でした。私は17年度より代表を仰せつかっていますが、何も情報がなかった時代の諸先輩方のご苦労は大変なものだったと伺っています。今、とても大切なことはネットワーク作りだと思っています。障害があってもなくても不安定な社会の状況の中で、困難、生きづらさをかかえて生きている方は、大勢いらっしゃるのではないでしょうか。自分達で出来る事を探し、つながりを作っていく事が将来を形にしていく事と感じています。今日はわかりずらい私の話を聞いていただきありがとうございました。

発表内容「子育て支援者はどう関わったら良いのだろうか」

● 江川久美子 氏 群馬県スクールカウンセラー、伊勢崎市境保健センター(心理判定員)

江川久美子氏の写真 江川久美子 氏

高校1年の養護学校に通うプラーダー・ウィリー症候群という障害を持つ子どもがおります。また、心理職として保健センターで乳児検診後のフォローアップもしています。その立場から「子育て支援者はどう関わったら良いのだろうか」とういうお話を6つほどしたいと思います。

(1) 保護者と共に

 発達に遅れや障害のある子どもを育てることは簡単ではなく難しいです。支援者は「がんばってね。大変ね」と自分を円の外に置くのではなく保護者と「一緒にがんばっていこう」という姿勢で関わって欲しいです。その支援者の気持ちが保護者を力づけ困難を乗り超える勇気を与えると思います。

(2) 答えは一つではない

 価値観は多様です。自分一人の思い込みに陥らないようにしましょう。担当の子どもの行為がわからなくなった時、自分がすでに持っている価値感が子どもの気持ちを読み取る事をさまたげているということがあります。他の支援者と話をして子どもの情報を交換しましょう。交換をする事によって読み取りをさまたげていた自分の価値観に気づく事があるからです。柔軟な発想を持てるように心がけましょう。

(3) 関われるのは人生の1コマ 

 「小学校に入学したら○○が出来ないと困るから今のうちに」ということがありがちです。目標は大切ですが、先の事ばかりを考えた支援は親を追い込み、不安に陥れます。支援者はその子の人生全てに関われるのではなく、1コマを預かっているだけなのです。この子は今何に困っているのか、何に苦戦しているかそれでは今私たちに何ができるのかという「今を大切にした関わり」をして欲しいと思います。

(4) 台本通りに行かない支援の醍醐味

 遅れや発達に問題のある子の支援が計画通りにいかなくて苦しんでいるという支援者はいませんか。この子には通用しても他の子にもとはいかない事があると思います。支援しても計画通りにいかないので押しつぶされそうな気持ちになる時は発想を変える必要があります。「こうすれば、きっとこうなる」とならないのがこの子達。支援者の今までの全ての経験や知識に工夫を要するので奥の深さがあると思います。台本通りにいかないから楽しいと思います。支援が上手くいかないと悲観せず台本通りに行かない支援の醍醐味を味わっていただきたいと思います。

(5) ほめよう

 これは文字どおり子どもの良いところを沢山見つけて伝えようと言う事です。

(6) がんばりすぎない

 燃えつきてしまうことがあるので、一人でがんばりすぎてはいけません。今、チーム援助というものが注目されています。支援者同士で力を合わせましょう。上手くいかない日は「こんな日もある」と自分に言い聞かせてみましょう。

 以上で6つのお話は終わりです。

 次に息子が作った「へびのえんそく」という絵本についてお話したいと思います。この絵は遠足でスネークセンターへ行った事を息子が描いたもので、形に残したかったので絵本にしました。絵が得意ではなかった彼がどうして描けたかというと、3年生から通っている絵画教室の指導者が興味のなかった彼に対話を続けて絵を描く楽しさを教えてくれた事と、障害のない子と一緒に学べて、同じ年頃の子どものお手本が身近に沢山あった事だと思います。今は出来なくても、子どもはゆっくりと育ってゆきます。あせらない支援が大切だと思います。また、非障害者と一緒に学ぶ経験は、多くの変化と可能性を子どもにもたらすと思います。

最後に、パペット療法(セラピー)を実際にやって紹介したいと思います。私自身息子のこだわりを切る時、嘘をついた時や本当のことを言って欲しい時によくパペットを使います。本人ではなくパペットのキャラクターになるのがいいのではと思います。去年の10月、群馬大学においてパペットセラピーの公開講座が開かれました。好評を得たため、19年度の実施が検討されています。興味のある方は、群馬大学のHPで講座案内をご覧になり、ご参加いただき、ご自分の支援法の一つにされてはと思います。

発表内容「統合保育とのかかわり−草創期に出現した問題−・「障害児」とかかわる視点」

● 阿部健一 氏 大泉保育福祉専門学校 校長

阿部健一氏の写真 阿部健一 氏

 「標準ってなんだろう」ということで統合保育の中でぶつかってきた問題をお話して考えを深めていただく材料にしていただければと思います。私は1976年から東京都豊島区の「障害児保育」つまり保育園の中に障害を持った子どもがいる所の巡回指導のスタッフとして関わってきました。住民からの要望で障害児を一緒に保育する事が実施されていましたが、それまで障害児を一緒に保育する経験がなかったので現場は混乱していました。   

 豊島区で巡回指導をやることになった理由はその前に江東区の保育園で障害を持った子に関わった経験があったからでした。その子は障害があるとわからずゼロ歳児で入ってきて、入園後障害がわかりました。入所の施設がいいのではとか、発達が遅いので進級させないで年齢の低い子と一緒に保育したらいいのではとか、いろいろ試行錯誤され、最終的にはその子の為に保育士が1名増員されての保育となりました。その子は障害が重く散歩の時に道路へ飛び出してしまうなどで目を離すとどこへ行くのかわからないで状態で担当保育士はトイレもいけず、その子が事故にあってしまう夢でうなされるようになりました。それで、私はその担当保育士が週1回のお休みをとる時にそこへ行く事になりました。ちなみに現在はそのような事はなくなりました。担当をつけても1人で障害児を見るのではなく、園全体として障害児を受け入れる体制がなければ統合保育は無理だと理解されています。余談ですがその担当の保育士はすばらしい保育をしていました。その障害を持つ子の癖の1つが「い??い??」と手を前で合わせる事だったのですが、それにあわせてげんこつ山の狸さんを歌うと言葉を持たない子がはじめて笑ったのを発見したのです。そして、その発見を他の子ども達にも教えていました。言葉持たない、指示も聞けない、表現も出来ない子でしたが、行進曲を聞くと嬉しそうにしたり、悲しい歌を聞かせると悲しそうにしたりするなどの反応があり音楽は素晴らしいと思ったのを覚えています。

 このような経験があったため、巡回指導のスタッフになりました。当初は大変で巡回すると「みんなと同じ事ができないので困ります」という声が多くありました。当時は全ての子どもに一斉のことをやらせる保育で年齢相応のことが出来るようにする事が当時の保育の指標で保育観でした。生活の流れの中で他の子どもと同じように動いてもらいたいので「できない子」という見方(他児との比較で評価)になっていたのです。その保育観の中で「よく見て下さい。人との関わり方はどうですか。この子は3才ですが、ちょうど1才くらいの子と同じようではありませんか。そう見て下さい。」というように分かりやすく説明し理解していただいてきました。当時は「標準」を見て評価していたのですが、今では一人一人の子どもを見て「この子どもには今この事が必要なのだ」というように、保育観が変わってきています。今では一人一人の子どもを大切に子どもとつながっていく保育になっています。

 自閉的な傾向のあるお子さんの熱心なおかあさんの例をお話しておきます。その子は登園するとまず保育士におんぶやだっこしてもらってから、一人遊びをはじめるお子さんでしたが、おかあさんはそれをよしとせず、だっこされている子をむしり取り、その子に他の同年齢の子と同じことをさせようとして、砂場へ連れて行って他の子と一緒に遊ばせようとしていました。でも、子どもは遊べないのです。その子にとってその時大切なのは大人との関わりだったので、まず大人とのかかわりが十分にならないとお友達や課題にも関心が向かず大人を求めている事を引きずってしまうことになるのです。でも、そのおかあさんは理解してくれませんでした。3才児標準の検査で訓練させて、それができれば発達が伸びたと思っていました。何回も話し合ったのですが、わかってもらえませんでした。そのお母さんは標準としての同年齢の子どもしか見えておらず、それにあわせなくてならないと思っていて、外れる事は許せないと思っていたようです。「今はこの段階だからこう見ていかないと」と1人1人の発達の段階を追いながら見て行く事は大切だとお伝えしたのですが、それが通じませんでした。

 いろいろ今までの事をお話しましたが、今は豊島区の保育園では「1人1人の発達の段階を追いながら」の見方が出来るようになっていて「困ります」という保育者はいません。本当に子ども1人1人を見る事が確立されていますが、当時はそうでなかったのです。同年齢の子と比較して障害を持っている子を見ているから苦情が出ていたのですがそれはあまり意味がないと思います。今の子どもを見てその子がどういう風に育って行くのがいいのかをみんなで考えて行くのがいいのではないかと思います。

(2)質議応答・意見交換

○質問1

 4年生の男子の保護者の方との関わりについての質問です。幼稚園から多動で保護者間では親の問題ではと言われている、家庭環境も複雑なお子さんです。親は子どもの性格ととらえていますが、問題もあるようで支援者としてはカウンセリングを勧めたいです。親へのアプローチはどうしたらよいのでしょうか?

○答え1

・「障害だ」と話しても「うちの子をそういう目で見るのか」と言われることはよくあります。1人だけでなく複数の人と信頼関係を作っていくことが必要で、その上で困っているところを親と共有する工夫が大切です。子どもと親の組み合わせの難しさを意識しながら何か心配なことはないのか引き出していく事です。(鈴木氏)

・家庭の姿と全く違い親だからこそ分らないとういう事が結構あります。責められている経験をしている親は「この子は悪者扱いされている」と被害者意識になっているので、「この子はこの場面で困っているのでなんとか手助けしたい」とその子の事を一番に心配している事を前面に出して、具体的に伝えるのがいいのではないかと思います。(秋元氏)                      

・ 軽度の子は家と外との使い分けも少しはできます。外で問題をおこした時、親が子どもに厳しくなり過ぎて家で甘えられなくなってしまい、よけいに外で荒れるという事もよくあるので、その事も考えなくてはならいないという事をつけ加えておきます。(鈴木氏)                                 

質疑応答の状況

○質問2

 4才の子で普通の子だと思って育てていましたが、最近、幼稚園で他の子を叩いてしまったりするので問題だといわれています。お稽古のしすぎでしょうか。

○答え2

・まず言われた事に過剰反応(家で強くしかるとかしつけを厳しくする)をしないということです。冷静に受け止めるといいと思います。どうしてそういうことをするのか園での様子を詳しく聞かせてもらい一緒に考えていただく事が必要かと思います。親も園での様子を隠れて見せてもらう等、園での子どものやりとりの様子を知る事も必要で、思い当たることがあったら心を開いて保育士の言う事を聞いてみたらと思います。感情的になって「カチンときたり」過剰反応をせず、冷静に落ち着いて園での様子を見せてもらって対応したらいいと思います。(阿部氏)

質疑応答の状況

○質問3

 幼稚園の中でアスペルガーのタイプのお子さんがいますが、その子の事を園長先生に相談したら、メディアのせいでこうなったのではと言われました。メディアだけではなくその子自身にも問題があると思いますが、そんな時、園長と保護者にどんな風に伝えたらいいのだろうと思っています。また、そのお子さん以外でもメディアづけになって脳や心の発達が遅れる子どもが増えていると聞きますが現状ではどうなのでしょうか。

○答え3 

・小児科学会で「3才まではなるべくメディアに漬けないようにテレビのつけっぱなしはやめよう」というキャンペーンをおこないましたが、疫学的には検証しきれてない点もあります。またつかっている場合、悪循環因子もあると思います。メディアに入りやすい子が入ってしまうのか、メディアを見ているからなのか、現時点ではどちらが大きいのか学問的な結論はないです。

 私の印象では、やりとりが成立するあそびや関係が重要だと思います。「一緒に遊ぼうと思っても遊ばない、1人で勝手にやっているだけなので、自閉症なのでは」と診療につれてこられた2才半のお子さんの例をお話します。行動観察としてスタッフの学生さんと遊んでもらいました。箱庭で車を使って一人で遊んでいたのを学生さんが車を横からぶつける等の働きかけをしていたら、はじめは無視していたのですが、3度目くらいには子どもの方から「また、やって」というふうに声をかけてきて、そのうち学生さんの膝の上にのってきました。それを見てもらったらおかあさんはびっくりしていました。最初は自分のペースで動くので軽度の自閉傾向を持った子どもかと思いましたが、行動観察をすると最初思ったよりは重くないと感じさせられました。

 人間と関わるということも練習が必要だと思います。苦もなくできる人はどんどん関係をつなげていけます。苦手な人は自分の世界にこもりがちになってします。そしてますます、コミュニケーションが苦手になっていくのではないかと思います。苦手な人に少しでも上手くなってもらうには、こちらから合わせてあげる事が必要で、それには合わせる側のキャパシティや余裕が必要だと思います。そういう意味では、なるべく年齢が近いお兄さん、お姉さん(同年だとゆずってくれないので)とつなげて、その子と遊ばせてあげるのは意味があるのではないかと思います。(鈴木氏)

・メディアでやりとりが成立しない世界にどっぷり使っていくのはいい因子ではなく、関わりを身につけて育っていく上での阻害因子になるのではと予測はしていますが、まだ、学問的に証拠は出ていないと思います。

 若いおかあさん達が子どもの目を見ないでテレビを見ながら、また携帯をやりながら、おっぱいやっているという話がよく出てきます。つまり赤ちゃんはじっとお母さんの目を見ているけど、その視線を上手く受け止められない(情緒的応答性と言われますが)、そういう部分から関係が稀薄になりつつあるという心配があるのではと思います。

 ADHD、注意欠陥多動障害、自閉のお子さんはコマーシャル大好きという話を良く聞きますが、特定の音に引きつけられるという傾向があります。それをずっと聞き続けているのがいいのか、いつも音がしていてその中で食事が上手くとれない、遊びに集中できないということがあると思います。この環境の音を調整しましょうというアイデアがでてくると思います。食事の時や遊んでいる時はテレビの音を消しましょうと。今アンケートをとると四六時中ずっとテレビをつけている家庭が多いのではないかと思います。そういうところからしてもテレビのつけっぱなしはよくないという提案はずっと前からあったたように思います。

 「メディア漬けが悪い」もちろんそれもありますが、それだけの要因ではなく、特定の資質を持っている子にとって「メディアがずっとついていることが」プラスかマイナスかということを考えながら調整する必要があるなと多くのお子さん達を見ていて思います。「メディア漬けが原因というルートではない考え方」で考えてみて下さい。「生活を組み立てるとか」「興味のあるものをどういう風に育てていくか」という風に考えてみていって下さい。(安田氏)

(3)まとめ/終わりに/分科会総括

まとめの状況

●お母さんとその子だけだと、なかなかそれが成立しにくい流れになっている世の中だと思います。平均的な子やとり入れのいい子はいい行動をとって、人間関係を育てやすいが、それがもともと苦手な子はますます難しくなっていく現状にあると思います。対策は一対一の人間関係を作っていく事かと思います。そこで大切なのはメディアを含め阻害物はなるべくつけっぱなしにしない事がいいのかなと思います。(鈴木氏)

●本日はありがとうございました。このような機会に恵まれたことを感謝申し上げます。(秋元氏)

●私の感想というよりは皆さんからご感想をお聞きしたいですね。

市町村では乳幼児を対象とした母子保健事業の中で心理士がカウンセリング等を行っていますので、市町村の発達相談をご利用なさって下さい。保護者の方に気づいて欲しい時はご利用下さい。(江川氏)

●統合保育が始まったばかりの時点での問題を話しましたが、始まったのは親の就労とか子どもの育ちとかそういうこと考えて保育園に入れて欲しいとの事でした。当時は障害児が保育園にはいるのがいいのか、もっと違う場所の方が伸びるのではないのかという意見がありました。私たちも始まったばかりだったので統合保育が障害を持った子どもにどういう影響を与えるのか未知数でした。当時の専門家の中には母子関係が成立しないうちは集団にいれるなと言う方もいらっしゃいましたし、その中で自閉症の子も入っていましたが、ずっと積み重ねてきました。保育園はダイナミックスで、いかなる子ども達がいても受容的な保育士がいる場です。生活の場の中で遅れのある子、自閉傾向のある子が確かにかわっていく発達にとってすばらしい場だなと今は確信しております。そういうことも頭にいれておいていただけたらありがたいと思います。(阿部氏)

座長 安田淑美氏の写真

●座長 安田淑美 氏 群馬県発達障害者支援センター 所長

 ありがとうございました。4人の方の立場からお話いただきました。最後に私に寄せられた質問にお答えしてまとめとさせていただきたいと思います。

 ひとつは発達障害のお子さん達の相談の場が今までほとんどなかったと言う事です。法律的にもまだ制度が何もできていないのでこのお子さん達へのバックアップが今、難しい状況にあります。皆さん方からご発言も含めた形であったと思いますが、どちらかというと精神論で「がんばればできるのだ。なまけているのだ。できるのにやらないじゃない。」という見方が多かったように思われます。自閉症のお子さんとかが、なぜ、そういう行動をとるのだろうとかわかってきて、いろいろな研修がおこなわれているにもかかわらず、やっぱり上手くいかないこともあるので、支援者の方はお困りになるのだろうと思います。ただ、「がんばればいい」いうことでは解決にならない、逆にその事が子どもを追いこんでいくことにもなりかねないという実体も沢山あります。支援者の方には研修を受けていただきたいと思います。「こういう傾向があるからこんな行動をとりやすい」、「じゃどうすればいいのか」、「やっちゃいけない、ダメダメではとまらない」という経験はお持ちだと思います。「どうすれば上手くコントロールができていくのか」、「どうすればそれができることがご本人や家族や支援者にとってとても嬉しい事につながっていくのだろうか」そういう方法がわかってきているだけにその方法を上手くお使いいただきたいと思います。発達支援センターでもセミナーや講演など企画していきますので是非ご参加いただきたいと思います。

 センターも職員が5名しかおりませんので、全般には出来ませんが、児童相談所や、市町村保健センターの窓口として活発に動きはじめています。『積極的に皆さんから「こういう時はどうしたらいいの」と質問をぶつけていただくことによって逆に学ばなければならなくなる』という事は大事なことだろうと思います。「ただ、寄り添えばいい」という支援では終わらなくなっているのが今なのです。技量を高めなくてはならないと要求される時代だと思います。具体的な方法論が出せないとあそこに行ってもなんの役にもたたないと言われてしまいます。それは支援者として、常につきつけられている問題と思っています。いい方法があれば皆さんと分け合いながら、知り合いながら、家族とお子さんの為に使っていきたいと思っています。そういう意味で今日は皆さんからの質問や発表者の提言からもいろいろな事を学ばせていただいていい機会だったと思います。今日発表いただいた4人の方は窓口をあけています。サポートしていく専門家がいると思います。ここで皆様とお会いできたのもネットワークのひとつだと思います。

 今日はどうもありがとうございました。



ぴゅあクラブトップへ