ベンチレーター(人工呼吸器)と共に自立生活

ベンチレーター使用者ネットワーク(J.V.U.N.) 代表 佐藤きみよ


1ベンチレーターとは…

 ベンチレーター(人工呼吸器)とは、自発呼吸のできない人の肺に空気を送り込む機械(道具)で、ALS(筋萎縮性側索硬化症)、筋ジストロフィー、ポリオ、高位頚髄損傷、脳性マヒ、側わん、脳血栓、肺胞低換気症候群、睡眠時無呼吸症候群など、さまざまな障害をもつ人々がベンチレーターを使用しています。日本の在宅人工呼吸(Home Mechanical Ventiration,略してHMV)においては、筋ジストロフィー等による神経筋疾患の障害が一般的ですが、アメリカでは自立生活運動の先駆者であった故エド・ロバーツをはじめポリオ障害の人が多いのです。障害の種別を問わず、肺の呼吸する力が弱い全ての障害者に必要なものです。

 

2日本のバックグラウンドと自立生活

 1970年代後半から、日本の社会福祉や医療のあり方は、ノーマライゼーション理念の普及や、障害をもつ当事者による自立生活運動の大きな広がりによって、施設(病院)収容主義から、脱施設化へと大きく変化してきました。

 そして90年代に入ってから、ベンチレーターをつけた子どもやベンチレーター使用者が先駆的に在宅生活を実践し初め、高額な人工呼吸器の自己負担や無に等しい在宅生活の支援体制など、厳しい現実を社会問題化し、同時に医療・福祉制度が整いさえすれば、ベンチレーター使用者も在宅生活が可能なんだということを実証してきました。

 しかし、今もって日本のベンチレーター使用者の多くは、病院や療養施設に隔離収容されたままです。在宅での介助・医療的ケアの保障、「ベンチレーターは生命維持装置」という偏見の根強さ、ベンチレーターについての情報不足など、さまざまな問題がクリアされていないからです。

 ほとんどのベンチレーター使用者が社会の環境さえ豊かになれば、病院や施設に隔離されないで地域の中で生活したいと願っています。

 今まで自立生活運動は、いい意味で脱医療化を目指してきましたが、ベンチレーター使用者にとってはさらに、医療変革までもその活動の視野に含めなくてはならないでしょう。

 現在では健康保険の診療報酬も初期に比べて大幅にアップされ、人工呼吸器のレンタルが可能になりました。それまでは、障害当事者が300万円もする人工呼吸器を自費で購入したり、病院の協力により無償で貸し出されていたのです。バックアップ体制も充実してきており、在宅人工呼吸を実施する病院やディーラーは24時間体制で、故障や緊急時に備えたバックアップ体制を整えています。ですから今ではベンチレーターを使用していても、比較的安心して自立生活を行えるようになっています。また、気管カニューレや吸引チューブ等の消耗品も健康保険の診療報酬内で自己負担なしで購入することもできますし、人工呼吸器回路をはじめとした、ピンセット、Yガーゼ等のガス滅菌も病院やディーラーに依頼することもできます。

 まずは自分の呼吸障害をよく理解すること。そして、自分のベンチレーターの種類や換気量等の設定値をきちんと自己管理して介助者に伝え、医師の指導のもと、吸引等の医療的ケアや人工呼吸器のセットアップなどを専従の介助者がマスターできるように研修を行えば、自立生活は必ず実現できるのです。また、病院や療養施設よりも在宅生活の方が、安全性においてもコスト的にみても優れているのです。

 

3ベンチレーターをつける時期は?

 側わん、頚椎損傷、脳性マヒ、筋ジストロフィーなど、どんな障害であっても、1)肩で呼吸をしている、2)長く話すと頭に酸素が不足してボーッとする、3)夜中に頭痛がして目覚める、4)朝起きたときや午前中に頭痛がする、51日中眠さやだるさが続く、6)朝の目覚めが悪い、7)眠っているときに呼吸が(イビキなどが)止まっている、などのいずれかの症状があれば一度呼吸検査を受けることを勧めます。また、7)極度にやせていることなどもポイントになります。

 二酸化炭素の血中濃度の正常値は通常3540mmhgですが、これを超えるようでしたら、ベンチレーターの必要性があると考えられます。しかし数値だけで判断することはできません。通常の呼吸では酸素不足になるため、肩や体全体で無理な呼吸をすることで正常値にしていることもあるからです。肩や体全体で呼吸している状態は、障害のない人でいうと1日中24時間マラソンをしているのと同じ身体状況と考えられるでしょう。

 ベンチレーターはできるだけ早めに、できるだけ体力のあるうちにつけるべきです。カゼをひいてタンがだせず、呼吸困難になり意識のなくなった状態で強制的につけられるよりも、はるかにリスクが少ないからです。

 日本では、こういった呼吸障害に関する正しい知識をもったドクターはほんとうに少ないので、自分自身で自分の障害を知っておくことが何よりもの自己防衛となります。

 

4自分にあったベンチレーターを選ぶ

 ベンチレーターをつけるというイメージは、気管に穴をあけ、ベッドの上で一生機械につながれて生きるというイメージが未だに強くあります。しかし医療の進歩により、様々な身体状況にあったベンチレーターが開発されてきています。

 呼吸障害の初期症状の人だと、ベンチレーターを24時間使用しなくとも夜間だけの使用、そして気管切開をせず鼻マスクから呼吸をすることもできるのです。一昔前まではベンチレーターと言えば、大きな冷蔵庫ほどもある機械でしたが、90年代に入って小型のポータブルベンチレーターが数多く販売されるようになりました。

 ほとんどの機種が外部バッテリーと接続することにより、バッテリーの容量によって1224時間の作動が可能です。

 以下のような人工呼吸器があります。使用者は(あるいは将来使用する可能性のある人は)どの呼吸器を使用しているのか(これからするのか)、機器によってどんな長所と短所があるのかをドクターに詳しく聞き、理解しておく必要があります。

(1)ボリュ−ムベンチレーター(従量式陽圧人工呼吸器)

                  機器商品名…PLV-100,コンパニオン2801,LP-10など

1回換気量を設定し肺に陽圧の圧力をかけるベンチレーター。さまざまな呼吸障害に対応する一般的な人工呼吸器です。

     ※インターフェイス(換気接点)は気管カニューレや鼻マスク、口マスク等

(2)BiPAP(バイレベル従圧式陽圧人工呼吸器)

                   機器商品名…Bipap,など

2段階に吸気圧を設定できる陽圧式ベンチレーター。主に、筋ジストロフィーの夜間の呼吸補助のために使用われます。

     ※インターフェイスは鼻マスク、口マスク等(気管切開はしない)

(3)CPAP(持続性従圧式陽圧人工呼吸器)

持続的に一定の陽圧を肺に与えることで自発呼吸を補助するためのベンチレーター。主に、睡眠時無呼吸症候群などによる呼吸補助に使われます。

     ※インターフェイスは鼻マスク、口マスク等(気管切開はしない)

(4)胸郭外陰圧式人工呼吸器

肺に陰圧の圧力をかけて呼吸させるベンチレーター。主に、ポリオ後期障害による呼吸補助のために使われます。(故エド・ロバーツ氏が使用していたのはこの中の「鉄の肺」です)

 ※陰圧なのでインターフェイスは必要なし

 

5ベンチレーターはリースができる

 10年ほど前までは、ベンチレーターはまだリースができませんでした。そこで、在宅人工呼吸をする人たちは、みんな自費で1300_万円もするベンチレーターを購入していました。私自身も施設にいるときに将来自立生活をするときを夢見て、コツコツと年金をためベンチレーターを購入しようと考えていました。マンションを売って購入した方もいます。あるいは良心的な病院が好意で貸し出してくれることもありました。

 現在では健康保険の診療報酬が大幅にアップしリース可能になりました。

 

6専門知識をもち理解のあるドクターを探す

 リースは、販売会社→病院→使用者という流れで貸し出されます。在宅人工呼吸の医療機関は、地域の小さな診療所でも可能です。大きな病院で呼吸検査や気管切開などを行い、身体や呼吸状態が安定期にはいれば、地域の小さな病院や診療所に移行するとよいでしょう。ちなみに私が利用している医療機関は、地域の小さな内科診療所です。

 ほとんどの医療機関では、未だにベンチレーターに対する正しい知識や情報が不足しており、とにかく理解のある、つまり専門知識と同じくらいに障害者の声に十分に耳を傾けてくれるドクターを探す必要があります。それと同時に、医療の場面でも障害者こそが専門家であるという視点にたち、情報収集やネットワークづくり、ベンチレーターの自己管理が大切になります。

 

7吸引器を利用する

 気管切開をしベンチレーターをつけると吸引をする必要があります。切開したばかりのころは、タンの量も回数(13050回にもなる)も多いものですが、月日がたち、身体状況や呼吸状態がおちついてくると、120回くらいにだんだんと減っていきます。吸引器は機種もいろいろありますが、おもにバキュエイド(販売者は大同ほくさん)やミニック(新鋭工業)などが多く使われています。バキュエイドは比較的小型で軽いものです。ミニックは3WAY電源で、家庭用交流電源、内臓バッテリー、車のシガレット電源からの作動ができます。

 吸引器は今年度から日常生活用具の給付対象になりました。自宅用と外出用の吸引器2台を持つと便利です(故障時のバックアップもかねて)。停電時に備えて、手動式吸引器ツインポンプ(販売者はIMI)があるといいです。

 

8吸引は医療的ケア?

 気管にたまったタンを吸引する行為を「医療的ケア」と呼ばれていることは、みなさんご存じの方も多いと思います。しかし吸引は医師から指導を受ければ誰にでも行える簡単なケアです。私たちは吸引ケアを医療行為とは言わず、日常生活行為と呼んでいます。私自身は10年以上も自分の手で吸引をしています。タンがどこにあるのか、どうすればきれいにタンがとれるのか、など自分でやるとよくわかりますし、苦しまずに吸引が行えます。手が動かせる方は人にやってもらうよりも、自分で吸引をするのがよいでしょう。

 

9ベンチレーターの管理

 ベンチレーターの管理について、私の場合は北海道大同ほくさんが窓口になっています。24時間体制で故障やトラブルの対応にあたっています。また月に1度の定期点検ではディーラーの方が訪問され、ベンチレーターの点検をしてくれます。オーバーホールも年に1度行いますが、このときはディーラーが代替器を届けてくれます。何かトラブルが起きたときは、すぐに病院やディーラーに連絡することも大切ですが、まず利用者自身がベンチレーターのしくみ、トラブルの起こりそうなパーツや対応の仕方などを学ぶ必要があります。ベンチレーターは、まさに自分の体の一部なのですから。

 

10介助体制

 私の自立生活の介助体制については現在札幌市の制度では112時間分が保障されていますので、34人の介助者を有料で雇っています。足りない部分はボランティアや友人で埋めています。124時間使用のベンチレーター使用者にとっては、吸引やベンチレーターのトラブルを考えると24時間の介助体制が必要なことはいうまでもありません。

 支援体制についていうと、例えばベンチレーターのエアホースが抜けてしまった時などは本人がパニックを起こしてうまく指示が出せない場合もあるかもしれません。そんな時のために専従介助者の少なくとも一人には、使用者本人と同等程度のベンチレーターに関する知識を学んでおいてもらい、トラブル時の緊急対応をしてもらう必要があります。そのためには、介助者と使用者がいっしょに学習会をもちベンチレーターに関する知識をみにつけましょう。

 

11ベンチレーターが突然故障したら?

 ベンチレーター使用者の在宅にかかせないのは、アンビューバックという手動式人工呼吸器です。これは、バックを人の手で押すことで、肺に空気を送り込むという簡単に利用できるものです。これがあれば、ベンチレーターにトラブルがおきても一時的な対応が可能です。一人が手動の人工呼吸器をおし、もう一人が早急にトラブルが起きたことを病院やディーラーに知らせることができます。在宅のポータブルベンチレーターは丈夫にできており、定期点検やオーバーホールを行っていれば故障することはほとんどありません。しかし、万が一の対応をしておく必要があります。

 

12気管切開の気管カニューレが抜けてしまったら…

 在宅人工呼吸の中ではさまざまな予期しない出来事も発生します。そのひとつの中に、気管カニューレが抜けてしまうということがまれにあります。そして、これは自発呼吸のできない124時間使用のベンチレーター使用者にとっては、致命的な事故になってしまいます。その際、専従介助者がカニューレを気管に挿入することを知らなかったために大きな事故につながることがあります。(本人は、パニックになっていて、しかも発声ができない状況だと指示の出しようがありません)

 このようなときのために、日頃から専従介助者にドクターのカニューレ交換時に立ち合ってもらい、さらにドクターからカニューレ交換のやり方を教えてもらい習得しておく必要があります。日頃から、専従介助者と事故発生時のトラブル処理について何度も話しあっておきましょう。

 

13ベンチレーターをつけたら声がでないという神話

 ベンチレーターをつけてしまうと声がでなくなるという話をよく耳にします。私の場合は気管切開をし25年くらいベンチレーターをつけていますが、声が出なかったのは最初の23年だけでした。カニューレをカフ(気管への誤飲を防ぐためにカニューレに風船のようなものがついている)付きからカフなしにしてからは、どんどん声がでるようになりました。ベンチレーターをつけた友人たちも、みんなカニューレの口を閉じたり開いたりしながら、あるいはベンチレーターから送られてくる呼吸にあわせて、おしゃべりしています。

 またスピーチカニューレというものもありますが、これは合う人と合わない人がいるので、一番自分が話やすい方法がきっとありますのでみつけてみてください。

 発声ができるのは、笛と同じです。笛は穴を塞ぐことできれいな音がでます。それと同じように喉に穴があいたままだと声はでないのです。気管の穴を塞いで声帯に空気が送られてはじめて発声できるのです。障害が進行して喉の筋肉が動かせなくなった場合を除いて、ほとんどの人が発声することが可能です。ベンチレーターをつけること、イコール声をなくすというのは、まったくの神話なのです。

14ベンチレーターをつけての外出

 ベンチレーターを付けたからといって、一生部屋の中で生きていく必要はありません。電動車椅子の後部にコンパクトな載せ台をつけたり、座位のとれない人だとストレッチャー式の車椅子をオーダーメイドで作り、下部にベンチレーターを積めるようにすればいいのです。私の場合は24時間ベンチレーターをつけ、寝台式車椅子に乗ることで、以前よりずっと体力もつき行動範囲が広がりました。映画を見にいったり、旅行をしたりと今日も元気に外出を楽しんでいます。

 

15自立生活センターが幅広い情報提供を

 ベンチレーターは「生命維持装置」であり重症の人が付けるものというイメージがまだまだあります。が、実は車椅子やメガネと同じ「日常生活用具」なのです。2年前のアメリカ・セントルイスでの国際会議に参加した時、ポリオでスタスタと歩いている女性がいました。彼女は夜間だけ口からベンチレーターを使用していると話してくれました。「ベンチレーターをつけると体中のパワーがみなぎるの」と笑顔で答えてくれました。そうなのです。ベンチレーターをつけることは決してマイナスではなくプラスなのです。私がこれまで出会ってきたベンチレーター使用者たちは、みな口々に「ベンチレーターをもっと早くつけていればあんなに苦しい思いをしなくてよかった」といい、道具と共存しながら自分らしい人生を送っています。このことを私は多くの人に知ってほしいのです。

 全国の自立生活センターがベンチレーターに関する正しい情報を幅広く提供できるようになることを願っています。 

 

ベンチレーター使用者ネットワーク(J.V.U.N.)の紹介

 J.V.U.N.1990年に発足し、「ベンチレーター使用者のための通信-アナザボイス」を通してネットワークを広げてきました。初期の頃は、札幌/北海道を中心とした活動でしたが、今では全国的なネットワークとなっています。会員はベンチレーター使用者を中心に、障害当事者、ベンチレーター使用者の在宅生活に関心のある医療・福祉の専門家、ベンチレーターのディーラーやメーカー、そして一般の人々などです。

 J.V.U.N.の目標は、ベンチレーターは「生命維持装置」ではなく、メガネや補聴器、車イスと同じように「生活のための道具」としてポジティブなイメージを伝えていくこと。そして、一人でも多くのベンチレーター使用者が地域の中で暮らせる社会を創り、ひとりひとりのベンチレーター使用者をサポートしていくことです。

 J.V.U.N.では、長期ベンチレーター使用者は人工呼吸療法のエキスパートだと考えています。というのは、ベンチレーター使用者は、日々ベンチレーターと共に生活しさまざまな問題に直面しながらそれをクリアして生活しているからです。他の誰よりも自分の呼吸をよく管理しベンチレーターについての知識と方法を獲得しているからです。ベンチレーター使用者と医療・保健・福祉の専門家が力を合わせることで、人工呼吸療法やHMV(在宅人工呼吸療法)への社会環境づくりはさらに前進することでしょう。

 

アナザボイスとは…

 アナザボイスは、年4回季刊発行しているニュースレターで、社会の底辺に位置しマイノリティー(少数派)な存在であるベンチレーター使用者が、社会に向けて“Another Voices…もうひとつの声”を発信しています。

 主な記事は、ベンチレーター使用者の旅行、自立生活、福祉機器や医療機器の情報、入院・在宅生活のケアについて、ベンチレーターをつけた子どもたちの統合教育、寝台式車イスで入れるお店の紹介などです。 在宅生活をめざす当事者や、HMVにコミットしている医療・福祉の専門家が、体験と情報を分かち合うために発行されているユニークなニュースレターです。

 

ベンチレーター使用者ネットワーク連絡先

〒003-0021 札幌市白石区栄通15-2-34-1

  TEL/ FAX 011-857-376

<E-MAIL> jvun@tky2.3web.ne.jp 

<J.V.U.N.HomePage>http://www.tky.3web.ne.jp/~amanogaw/jvun/


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