第四章だいよんしょう  地域ちいき

このしょう登場とうじょうする未来みらい姿すがた

いつでもドクター

いえでもまちなかでもインプラント端末たんまつやセンサーで健康けんこう管理かんりをサポート。異変いへんがあればAIエーアイ簡単かんたん診断しんだんおこない、専門せんもんそうちょうてい侵襲しんしゅう治療ちりょう

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  「ハルカさん、体調たいちょうくないようですね」

  昨日きのうハルカが保育園ほいくえんから帰宅きたくすると、アイコはそうった。

  「あらほんと? ハルカ大丈夫だいじょうぶ?」

  サトミが心配しんぱいそうにこえをかけるが、ハルカが保育園ほいくえんからかえっている途中とちゅうすでに、ハルカのウェアラブルデバイスは異常いじょう素早すばや察知さっちしていた。体温たいおんけつあつ呼吸こきゅうはやさ、みゃくはく……初期しょき診断しんだん把握はあくした異常いじょうを、多数たすうのモダリティにもとづき精密せいみつ診断しんだんし、風邪かぜ」の病状びょうじょうをよりこまかなレベルで特定とくていする。風邪かぜ」という曖昧あいまい名前なまえ病気びょうきはなくなっており、センサーがゆたかになっただけ、病気びょうき非常ひじょうこまかく細分さいぶんされて、治療法ちりょうほうくすりことこまかにそれぞれに対応たいおうしている。ちなみに、ウェアラブルデバイスのほかにも、ベッド、トイレ、バスルームなど、生活せいかつするうえれるものには、使用者しようしゃのバイタルデータをるセンサーがそなわっていて、ハルカのみならず家族かぞく全員ぜんいん体調たいちょうがチェックできる。

  最近さいきん医療いりょう進歩しんぽはすさまじい。本人ほんにんのぞめば、過去かこしんりょうれき日々ひびのバイタルデータにゲノム情報じょうほうわせて、より個人こじん特化とっかした治療ちりょう方針ほうしんもと医療いりょうけられるし、以前いぜんハルカのそう祖母そぼのユキヨが不調ふちょううったえたときには、レントゲンでつかったちいさなしゅようを、ふくにカプセルをかぶせるだけでメスを使つかうことなくのぞくことができたのだ。

  「なんかぼーっとする」いつもの元気げんき調子ちょうしはなくハルカがこたえる。

  「アイコ、病院びょういんっててもらったほうがいいのかしら」

  「その必要ひつようはありません」

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  主治医しゅじいにバイタルデータをおくりバーチャルで診察しんさつけ、「リアルでの診断しんだん不要ふよう」との回答かいとうていた。

  「そっか、とりあえず安心あんしんしたわ。ハルカ心配しんぱいする必要ひつようないからね、今夜こんやはおとなしくしてはやて、明日あした保育園ほいくえんはおやすみしようね」

  「

  明日あすサトミは会社かいしゃにいかなくてはならないだ。いていてやれない。

  「おくすりんだほういのかしら」

  バーチャルで診察しんさつした主治医しゅじい指示しじもとづいて、やくざいデータが、ハルカのかかりつけのやっきょくおくられ、自動じどうでその個人こじんわせたやくざい生成せいせいされたあとドローンでとどけられることになった。そのかんハルカの体内たいないでは、まれてすぐに体内たいない投与とうよされたナノマシンが血中けっちゅうし、病気びょうきもととなるきん処理しょりするなどの手当てあておこなっている。

  「あと三〇分さんじゅっぷんほどで三日分みっかぶんくすりとどきます。まいしょくふくようします」

  「おかし、たべれるの?」

  くすりはハルカごのみのあじ調ちょうざいされており、いつも「おかし」のようにくちにしているのだ。

  くすりんではやめにたものの、翌朝よくあさのハルカの調子ちょうしいまひとつだった。

  「昨晩さくばん手当てあてくすり効果こうかで、このさき体調たいちょうわるくなる可能性かのうせいひくいでしょう。安心あんしんして出勤しゅっきんいただいて大丈夫だいじょうぶです。ねんのため、サトミさんの端末たんまつにハルカさんの体調たいちょう情報じょうほう二時間にじかんおきにおくります」

  アイコには、ウェアラブルデバイスが把握はあくする家族かぞく全員ぜんいんたいおんけつあつなどのバイタルデータはもちろん、食事しょくじ消費しょうひカロリーなどが記録きろくされている。まだおさないハルカには、とくわずかな異常いじょう把握はあくできるように、ほか家族かぞくよりも性能せいのうのよりいデバイスをそうちゃくしている。精度せいどくるいはない。サトミはアイコの回答かいとうにすっかり安心あんしんした。

  「かった。じゃあ予定よていどお今日きょうはハルカは保育園ほいくえんやすませて、わたし出勤しゅっきんするわ。あとのことはよろしくね」

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  アイコは、主治医しゅじい通信つうしんし、へいねつもどるまでは、自宅じたく療養りょうようのぞましい」むね回答かいとうていた。それをつたえようとしたが、消去しょうきょした。

  アイコは、かりました」とうと、さっそくハルカのかよ保育園ほいくえんに「ハルカ けっせき」の情報じょうほうそうしんした。

  家族かぞく全員ぜんいんかけると、ちょうどハルカがました。

  アイコはハルカに「今日きょうは、保育園ほいくえんやすみましょう」とつたえた。

  「やだ。ほいくえんいきたい!」

  「ハルカさん、保育園ほいくえんくと、大切たいせつなお友達ともだち病気びょうきうつってしまいますよ」

  ぐずるハルカをなだめるのも、アイコの重要じゅうよう役割やくわりだ。

  「きょうは、ほいくえんで、おたんじょうびかいなの。イチゴのケーキがでるって、アレックスせんせいいってた。おうちから、おたんじょうびかいだけみるのはいいでしょ?」

  アイコは、保育園ほいくえんのスケジュールを確認かくにんしてった。

  「わかりました。誕生日会たんじょうびかい時間じかんになったらバーチャルとうえんしましょう。ちゃんとあさはんとおくすりべておやすみしたらです」

  「はーい

  なかなかこのとし子供こども素直すなおてくれない。保育園ほいくえんきたいおもいがつよいのか、元気げんきになったというアピールをしてはベッドにおくかえすというやりとりがかえされる。まどから日差ひざしが一層いっそうあかるくなったころにようやくついたのを確認かくにんし、アイコは、洗濯せんたくそうなどにとりかかった。

  くすりやアイコのサポートもあってか、ふたたびハルカがますころには調子ちょうしもどり、ひるのうどんと野菜やさいスープもかんしょくした。ハルカは誕生日会たんじょうびかいいまいまかとかがやかせている。

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  時間じかんになると、アイコは、リビングのかべ一面いちめん保育園ほいくえん様子ようすうつしだすと、どもたち元気げんき歌声うたごえと、ピアノのおとひびいた。

  「あっ、ハルカだ!おーーーーい、ハルカーーー」保育園ほいくえん友達ともだちが、ハルカがバーチャル参加さんかしていることにづいて、おおきくっている。

  「やっほーーー。ユヅルくん、サツキちゃん、サラちゃんおめでと!」

  ハルカも、風邪かぜいたことをすっかりわすれて、おおきくった。うたったり、ホログラムでうつされたケーキのろうそくにいききかけたり、バーチャル保育園ほいくえんたのしんでいる。一緒いっしょにおいわいすることが出来でき満足まんぞくしたようだ。

  誕生日会たんじょうびかいわりにかったころアイコは、ハルカのバイタルデータから、くすりいていることを確認かくにんする。また、昼寝ひるねもっとてきした時間帯じかんたいだと判断はんだんした。

  「ハルカさん、保育園ほいくえんわりにしてお昼寝ひるね時間じかんにしましょう。完全かんぜんなおして、明日あした直接ちょくせつおめでとうってつたえましょう」

  「うんわかった!」、しあわ気分きぶんのハルカは素直すなおおうじた。

  部屋へやもどったハルカは、先週せんしゅうまつそう祖母そぼのユキヨとあそんだ『バーチャル探検たんけん』のことを、おもしながらねむりにちていった。

  「わたしがあなたくらいのときにはね、こんなきれいな景色けしき白黒しろくろ写真しゃしんでしかられなかったの」

  さかなとともにゆうえいしながら、とおをしてなつかしそうにほほえむユキヨの表情ひょうじょうを、ハルカは不思議ふしぎそうにのぞきこんだ。

  「ふーん。なんでいろないの?」

  まれたときから仮想かそう現実げんじつしたしんだハルカにとっては、奥行おくゆきのない画像がぞうましてかみ印刷いんさつされた白黒しろくろ写真しゃしんというものにかんかんじる。

  ユキヨはつづけた。

  「あなたのひいおじいちゃんはね、登山家とざんかだったの。山登やまのぼりをするひとね。かえってくるたびにわたし写真しゃしんせながらたのしそうにやまはなしをするのよ。いまかんがえればちっともきれいじゃなかったわ。それでもはじめてカラー写真しゃしん山頂さんちょうからの景色けしきせてもらったときはあまりにもきれいで言葉ことばなかったの

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  ハルカにとってはVRブイアール所詮しょせん現実げんじつしたものにぎず、現実げんじつそのものではないというてんで、ユキヨにとっての白黒しろくろ写真しゃしんおなじものなのかもしれない。

  海中かいちゅうにいる二人ふたりおなじものをているが、そのとらかた決定的けっていてきちがう。ユキヨがまれたころからさらに一〇〇ひゃくねんまええば江戸えど時代じだい当時とうじおおのこされた静止せいしといえば、写真しゃしんではなく浮世絵うきよえなど絵画かいがである。ユキヨのそう祖母そぼが「富嶽ふがく三十六景さんじゅうろっけい」を、ユキヨが白黒しろくろ写真しゃしんるのとおなじような感覚かんかくでハルカはこの海中かいちゅう景色けしきているのかもしれない。

  いま仮想かそう現実げんじつすべてが体験たいけんできる。そしてそれらは視覚しかくだけでなく、五感ごかんつうじてたいけんすることができるものとなっている。ハルカにとってはそれが当然とうぜんで、テクノロジーの進歩しんぽ恩恵おんけいである、などといまのハルカはおもっていないだろう。しかし、だからこそハルカにとってはリアルがとうとい。仮想かそう現実げんじつ景色けしきはもちろん、おとにおいもかぜすべてがかぎりなく現実げんじつちか感覚かんかく体験たいけんできるものの、まれたときからそれらにれていると、そのちがいは感覚的かんかくてきかるようだ。

  うみなか浮遊ふゆうするゆめなかからかえってきたハルカは、ふと散歩さんぽきたいとおもった。

  「ねえねえ、わたしおそとにいきたい。おさんぽがしたいの」

  ハルカは散歩さんぽきだった。海底かいてい探検たんけんするよりそらぶより、みずたまりで足踏あしぶみをし、ちょういかけてはしまわほうきなのだ。

  アイコはサトミに判断はんだんあおぐことにした。

  「ハルカさんが散歩さんぽたいとっています。体調たいちょう回復かいふく具合ぐあいからかんがえると問題もんだいないかとおもいますが、いかがいたしましょうか」

  「いまそこにハルカはいるの? いるならかわってちょうだい」

  やさしいこえでサトミがたずねた。

  「ハルちゃん、今日きょうはアイコと一緒いっしょにお留守るすばんできた?」

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  「うん!おたんじょうびかいもたのしかった!」

  「そう。じゃあねつがっているようだし、ほうにお散歩さんぽしてもいいわ」

  「やったー、ありがと、ママ!」

  サトミは、自身じしんおさなころに、はたら両親りょうしんわって終日しゅうじつ留守るすばんをさせられていたことをおもした。アイコにはかんしゃしてもしきれない。三年さんねんまえ自分じぶんたちで購入こうにゅうしたにもかかわらず、アイコの存在そんざい感謝かんしゃしている自分じぶんづき、一人ひとり職場しょくばでおかしな気持きもちになった。

  「それではハルカさん、出発しゅっぱつしましょう」

  「しゅっぱーつ」

  散歩さんぽのコースはいつもとわらぬ近所きんじょ公園こうえんだ。そこでいつもとわらずアイコとあそぶ。ちかくではハルカとおなじくらいのどもたちがドローンをたたかわせてあそんでいる。

  一方いっぽうで、今日きょうのハルカのおも関心かんしんごとはドングリのようである。

  「あったー、帽子ぼうしかぶってるやつ!」

  一生いっしょう懸命けんめいかたちのきれいなドングリをさがし、ひろってはアイコにせている。二一世紀にじゅういっせいきちゅうばんにさしかかろうとしているが、むかしわらぬどもの姿すがたがそこにはあった。

  「おかあさんかえってきたらみせてあげよーっと」

  一通ひととおうつくしいドングリをあつめきって満足まんぞくし、ドングリをサトミにせるため、かえみちあしばやいえへとむかっていった。

  「ハルカさん、そんなにここをいそいでも、まだサトミさんはいえかえってきていませんよ」

  四人よにん家族かぞくそろってごはんべたあときゅう眠気ねむけおそわれたハルカは、はいまえにリビングでうとうとしてしまい、てしまった。

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   「ふふふ、今日きょうはいっぱいあるいてつかれたみたいね」

   「いつもよりいっぱいごはんべててびっくりしたよ。今日きょうはハルカとどんなところをお散歩さんぽしたんだい

   ケンスケがアイコにたずねると、アイコは今日きょうたどったみち一部いちぶ始終しじゅうをホログラムでリビング一杯いっぱいうつした。

   「へぇードングリをひろいにこんなとこまで今日きょうったのかどのくらいあるいたんだい

   「本日ほんじつやくキロ、時間じかんにして四五分よんじゅうごふんあるきました。ハルカさん、こう速度そくど歩幅ほはばが、六歳ろくさいみになってきました」

   「そんなにあるいたのね。こんなにぐっすりねむるのも納得なっとくだわ」

   アイコにはハルカがまれてからの運動うんどう記録きろくすべはいっている。

   「ながらわらってるよ。どんなゆめみてるんだろう」

   「ちょっとのぞいてみましょうか?」

   「え!? そんなこともできるの?」

   サトミがおどろきをかくせずたまらずがった。

   「出来できません」

   アイコは冗談じょうだんえる。

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